金沢聖書バプテスト教会

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たねまき7〜12

たねまき9 エホバの証人の集会の義務と喜び

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たねまき Vol.9


《エホバの証人の集会の義務と喜び》








 エホバの証人は、一週間に五回の集会を守っています。五回といっても、日曜日に二回分、火曜日に一回、木曜日に二回分あるので、実際は週三回出かけます。もちろん、研究生になって、初めのうちは日曜日だけ。だんだん進歩(エホバの証人がよく使う言葉です。)してくると、ほかの集会にも誘われるようになるのです。私の場合は、まず日曜日の集会に行く事も大変でした。それまで、休みの日は、家族で必ず出かけたり、一緒に過ごしていたいと、私も主人も思っていましたから、午前中いっぱい主人を一人にしてしまうのは、とてもつらく、申し訳ないと思っていました。

 

 ところが、私がどんどん進歩してくると、むしろ「私は、正しいことをしているんだから、一緒に来ないほうが悪いんだ。」と、勝手なことを思い始めて、火曜日の集会にも行くようになったのです。この火曜日の集会は、夜7時から始まります。当然、主人が仕事から帰ってくる頃には、私と子どもたちは出かけていて、主人は一人で夕食を食べることになるのです。日曜日の集会については、何も言わなかった主人ですが、これには、さすがに我慢できませんでした。私が帰ってくると、あらわに不快だと言う態度で、「こんなに夜遅くに子どもを連れて出かけるなんて、おかしい。やめなさい。」と、反対します。ところがその頃には、私もエホバの証人としての意識が芽生えてきていたので、「これは、私をエホバから引き離そうするサタンが、主人を利用しているのだ。しっかりしなければ。」と、今思えば、自然な主人の反応も素直に取る事ができず、益々いこじになって、集会に出ることが、サタンに立ち向かっている証しのように感じていました。



 また、仲間のエホバの証人の人たちも、私が主人の反対の中で集会を守っていることを誉め、励ましてくれたので、その期待に答えねばと、ますます義務感を感じつつ、また同じ悩みや苦しみを持っている仲間との大事な交わりの時間として、楽しい、貴重な時となっていきました。更に、エホバの証人として一人前になる為には、木曜日の二つの集会にも出席しなければなりません。



 これは、伝道に出るためには必ず果たさなければならない義務となっていました。もちろん、この頃には、集会優先の生活になっていて、主人ともほとんど話し合いは平行線だったので、義務としての集会について、何の疑問も感じませんでした。今考えてみると、正しいことをしたいと言う最初の動機から、だんだん自分がエホバの証人としての義務を果たす喜びが大きくなり、一方で、主人との間がギクシャクし始めて、慰めてくれる場所を求めていたのかもしれません。ただ、立派なエホバの証人となって、主人も子どもも助けねば!という強い思いがあったのは確かです。



 ですから、今救われて、義務としてではなく、自分の意志で礼拝に出席し、教会につながっている私は、とても自由ですし、「ねばならない」という思いがないということは、本当に気持ちを楽にしてくれます。そして何より、学びの場としてのエホバの集会ではなく、神様に感謝し、御言葉を聞く礼拝こそ、今の私の真の慰めとなっています。





      






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