御言葉メール594
2011年8月13日
「自分から語る者は、自分の栄光を求めます。しかし自分を遣わした方の栄光を求める者は真実であり、その人には不正がありません。」(ヨハネ7の18)
私達は関わり合う人にイエス様の救いを伝えたいと思います。しかし神様の事を話したらどういう反応があるだろうか、という不安や今は話す時期なのか、という葛藤が出て来る場合もあるでしょう。
話して、座が白けたり無視されたり、明らかにバカにされている、とわかる場合もあります。キリストは自分の創意工夫の知識でもなく、自分の栄光を求めてもいない。ただ神の栄光だけを求めているので自分は真実であり不正がないと言われた。自分の言葉は神のことばであると語るイエスを、人々は神を冒涜する者として殺そうとします。
私達が神を証しして、悔しく嫌な思いをしたにしても、イエスの救いを話す時は自分の功績や正当性を話す事はありません。バカにされない様に生きる術が賢いと考えられる世の中で、今自分が生きているのは神による、と語る言葉がどれほど愚かに思われようとそこには偽りも不正もない。それは私達の真実の言葉です。その経験はあなたや私の財産です。