金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール952

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御言葉メール952

2018年10月27日(記:辻嵐桂子)

神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣より鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。(ヘブル人への手紙4章12-13節)

著者はこれまで、旧契約に対するイエス・キリストの優位性と、かつてのイスラエルの民の失敗を例に、神の安息に入るためには信仰が不可欠であることを述べてきた。

この箇所で著者は、神のおことばの働きと威力について言及する。
神のことばは、私たちの真価を判別し、審判者である神の御前に、すべてをさらけ出させるという。
神に対して弁明できる者が果たしているのだろうか?

この部分は、これまで述べてきたことの締めくくりと言うこともできるが、同時に、つぎの4章14節からの主題(キリストによる真の贖罪)への導入ともみることができる。
なぜなら、上記の事実は、私たちに実効的な仲介者、代弁者を切望させるからである。

神のことば、すなわち神の啓示の最終的かつ究極的なかたちが、神の御子イエス・キリストの福音にほかならない。
私たちが神の御前に申し開きをし、審判を仰ぐのは、ただこの御子に聞き従うのか、拒絶するのか、その一点に尽きるのである。

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