墓について 記念碑として

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キリスト教の墓地について(記念碑として)

聖書には、死者の霊が成仏できずに後世にたたり、様々な災いをもたらすという教えは、全く見えません。ましてや、遺族や親族が死者の成仏の為に供養しなければならい、または魂を救う力が人間にあるという傲慢な思い上がりはありません。吉凶禍福の一切、「いのち」を与え取られるのも主権者なる神の御手にあるのです。「わたしが主である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに力を帯びさせる。それは、日の上る方からも、西からも、わたしのほかには、だれもいないことを、人々が知るためだ。わたしが主である。ほかにはいない。わたしは光を造り出し、やみを創造し、平和をつくり、わざわいを創造する。わたしは主、これらすべてを造る者。」(イザヤ四五章五〜七節)と主は宣言します。従って記念会には、【追善供養】【怨霊封じ】の意味合いは全くありません。キリスト教はそのような事をするのは返って死者への冒涜と考えます。何故なら、故人は、愛する家族や子孫の幸せと繁栄を願いますが、決して不幸な状態を望んでいないと信じるのです。



 こうして聖書の教えに従う私たちにキリスト者は、聖書の示すままに、死者の為の追善供養とか、怨霊鎮め(封じ)の要素は一切ありません。一重に記念の意味となります。その意味で「墓地」も【記念碑】と理解されます。

 それ故にその内容は、

  ①故人を偲び、懐かしむ

  ②故人への主の恵みを感謝する。

  ③遺族を励ます

  ④自分自身の死を覚える

  ⑤いのちの主を恐れ崇める。

  ⑥故人の望みを思い返し、自分の生き方の訓戒とする。

  ⑦故人が救われたクリスチャンである場合やがて与えられる再開を望む 



「彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。」(ヘブル十一章四節)

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