金沢聖書バプテスト教会は、神の愛とキリストの贖いと聖霊の導きによって真の神様を礼拝する者の集まりです。あなたを心より歓迎します

たねまき1〜6

たねまき6 エホバの証人から救出されて6

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たねまき Vol.6


エホバの証人から救出されて6






 草刈先生とお会いして二日目、私は「もし、話し合いをしてみて、やっぱりエホバの証人の方が正しいと分かったら、また戻ります。」と確認して、なるべく頭も心も白紙の状態で、草刈先生の話を聞こうと決心しました。



 草刈先生は、まず「ものみの塔」から話されました。先生は、私が見たこともないような古い号を、資料としてたくさんお持ちで、私はとても驚きました。エホバの証人は、「ものみの塔」の中で、自分たちの主張が正しいことを裏付けますのに、世の中で見とめられている権威を良く使うのですが、(例えばどこそこ大学のなんとか教授とか、何々百科辞典とかによると・・・と引用します。) エホバの証人は、絶対に正しいと信じて疑わないので、それらの文章が正しいかどうか調べようとは、誰も思ったこともありませんでした。ところが草刈先生は、「この引用が正しくなされているかどうか調べてみましょう。」とおっしゃって、実際その文章がのっている本や,辞典を開いて見せてくださいました。すると,確かに引用された部分はあるのですが、それが全体の意味からすると、まったく逆のとり方がされていたり、エホバの証人の主張に合うところだけが使われたりして、とても正しく引用されているとはいえないものでした。それでも、エホバの証人としての気持ちが強かった私は、「これは、引用の仕方が少し間違っているだけで、エホバの証人の教義が間違っているわけではない。」と自分に言い聞かせて、草刈先生に悟られないよう平静を装っていました。



 次に先生は、エホバの証人の主要な教義の一つである、1914年の算定について話されました。私は、それまでこの数字は聖書の中から導き出されたと教えられていましたし、自分でも、聖句を開いて確かめてもいました。草刈先生は、まず、エルサレムの崩壊が、エホバの証人のいう西暦前607年ではないことを示されました。考古学上の研究が進んで10年近くずれていると言うのです。けれども、エホバの証人の見方しかできなかった私には、この世の常識よりも、エホバの証人からの情報の方が、よほど信頼できるものでした。それほど驚いていない私を見て、草刈先生は、次にとても古い「ものみの塔」を出されました。そこには、当時の代表者のラッセルが、ピラミットの構造上の数字から1914年を考え出したことが書かれていました。ピラミットは、まさに異教の遺跡です。これは、私も目を疑いました。そんな昔の「ものみの塔」は、見たこともなかったし、ラッセルが、そんなエホバの証人が一番嫌う考えを持っていたとは、聞いたこともありませんでしたから、私は、これが本当なら大変だと、少し焦り始めました。それでも、動揺していると悟られたくなかった私は、平気な風を装っていました。



 そんな私を、主人や両親は、このままでは間違いに気付かず、エホバの証人から救えずに終わるのではと、気が気でなかったようでした。でも、草刈先生は,少しも態度を変えず、相変わらず静かで穏やかな笑顔を向けてくださっていました。私は、心の中で「エホバ、助けてください。正しい見方をさせてください。」と必死に祈りつづけました。



 草刈先生は、他にもたくさんの資料を見せてくださいました。多くの古い「ものみの塔」や、見たこともない出版物、歴代の代表者に関する切抜きなど、草刈先生がこれほどたくさんのものを集め、調べられたのかと思うと、なぜそこまで一生懸命になれるのだろうと、驚き、不思議に思いました。また、草刈先生は聖書から、ものみの塔の教義がおかしいということを示すことは、ほとんどありませんでした。資料で使われている聖句を一緒に開くぐらいで(しかも新世界訳を使って)、後は、ものみの塔の出版物だけを使ってくださいました。今思えば、それは私にとても良かったと思います。まだまだエホバの証人の見方が強く、この世の物には信頼していなかったので、聖書といえども、ものみの塔のもの以外は受け入れることはできませんでしたし、どの聖句も全てエホバの証人の見方でしか読めない状態でしたから、たとえ聖句からとらえ方の違いを指摘されても少しも伝わらなかったでしょう。むしろ、ものみの塔の出版物だけを使って、その中でおかしなところや矛盾する点を指摘されると、ごまかしができなくて、変だなと思わざるを得なかったのです。



 こうして、少しずつ少しずつものみの塔に対する疑いが大きくなってきて、それでもなんとか理由をつけてエホバの証人を守ろうとしてきた私は、最後に草刈先生が出された、ものみの塔出版のギリシャ語―英語の逐語訳聖書によって、大きなショックを受けました。もちろん私はギリシャ語は分かりませんが、一つ一つの単語を英語と比べて行くと、明らかに訳の違うところがあるのです。しかも、冠詞のないセオスという言葉を、a got としたり(ヨハネ1:1)、God としたり(ヨハネ1:6、12、13)、Lord(主)を「エホバ」に変えていたり(使徒7:59、60、啓示1:7,8)と、ものみの塔の教義に合わせて書き換えているとしか思えないところばかりだった(ものみの塔では、エホバが神、イエスはエホバの初子であり、御使いの頭だった)のです。聖書は神の言葉と信じ、ものみの塔は、その神の言葉を最も大切にしていると思っていた私は、やっと「間違っていた」と自分の気持ちを素直に認めることができました。



 その「間違っている。」と言う思いを「確かにそうだ。」と言う確信に変えたのは、マタイ20章の、ぶどう園の主人と働き人の例えでした。エホバの証人の時、この最後に来た働き人がエホバの証人で、昔からのキリスト教の人々がいくらひがんでも、私たちこそがエホバ神に選ばれ、楽園へ行く者だと教えられていました。それは、イエスの生涯をまとめた「最も偉大な人」と言う本を,聖書研究と言う集会で学んでいたときでした。私は、それでも全ての働き人が「1デナリ」ずつもらっているのだから、じゃあエホバの証人以外の世のキリスト教会の人々も楽園に行ってしまうのではないかと思い、質問しました。ところが、司会者だった方も、長老も、古いものみの塔誌も、答えを出せなかったのです。結局、「もう少し聖書の理解が深まって、エホバの証人として成長すれば、分かるでしょう。」といえわれて、そのままでした。そのときは、絶対に変だなあ、と思ったものの、それよりも、他の誰も「変だ」といえわなかったことの方が不思議でした。でも、私はその驚きを自分の奥底に押し込めて、忘れたふりをしていたのです。それが、草刈先生との話し合いの中で、答えが見つかりました。神様は、長く働いても、短い間でしかなくても、同じようにお約束を果たしてくださるのです。神様のところへ行きさえすれば、少ししか働けなくても、天国へ入れてくださるのです。私は、今こそ神様が私のぶどう園で働きなさいといってくださっているのだと思い、「エホバの証人をやめます。」と、口に出していうことができました。



 そして、その自分の声を聞いて、ここまで来るのにずいぶん時間がかかったけれど、神様は私の祈りを聞いてくださった。という喜びと、やっと楽になったと言う気持ちでいっぱいになりました。







<次号へつづく>

(金沢聖書バプテスト教会員 主婦)

たねまき6 エホバの証人へのアプローチ6 訪問されてとき尾と割らない場合

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ワンポイントレッスン

エホバの証人へのアプローチ6

《訪問されてとき断らない場合》








 エホバの証人は伝道していて、暖かくされることはほとんどないので、訪問を受けた時、断らない場合は、家に上がってもらい、お茶などを出して話をすすめるといいでしょう。





(1)2〜3回付き合う場合の接し方。



 こちらの言いたいことを言う。また、キリスト教会は伝道していると言う。

 エホバの証人の話を聞かなくても良い。



(2)5から6回付き合う場合の接し方。



 相手の困る話題を質問する。例えば、エホバの証人は、しょっちゅう間違った予言をしたり、教理の変更をすると指摘する。

 ラッセルの予言−−−1874年 イエス・キリストの再臨

           1915年 ハルマゲドンの戦争 世の終わり

 ラザフォード―――― 1874年〜1914年 イエスキリストの再臨

 etc



(3)半年間付き合う場合の接し方



 エホバの証人のテキスト《知識》にのって行く。エホバの証人は6ヶ月間でテキストを終了する。《知識》が全部終わるまで、途中で止めないことを約束してから始める。最初にくさびを打っておくことが大切。エホバの証人は2人組で訪問することが多いが、1人で来る人とすると言う。人を変えることもあるが、同じ人と続けられるようにする。たいていは、長老が中止させることがあるが,途中で止めたらみなに言いふらすというのも一つの方法である。

 《知識》をするときに大切なことは、十分に理解をしているキリスト教教理を2,3お話して、相手に考えてもらうことである。



(エホバの証人セミナー 講師 中沢啓介師)



      






たねまき5 マインドコントロール2 エホバの証人的志向を持つ過程

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ワンポイントレッスン

エホバの証人へのアプローチ5

<エホバの証人がマインド・コントロールをかける方法2>

《エホバの証人的思考を持つ過程》








 エホバの証人は、第一に正体を隠し、自分たちをクリスチャンだと言います。内では、キリスト教会を大いなるバビロンといい攻撃をしますが、外では、キリスト教会のよい評判を利用します。一般の人々は明治以来、キリスト教を信頼していますし、イメージはよいです。これをエホバの証人は使います。第2は、聖書を勉強しませんか?と言います。しかし、彼らが教えるのは、聖書ではなく「知識」と言うテキストを求道者と勉強します。聖書は、参考書や辞書的に使うだけです。



 マインド・コントロールをエホバの証人が人にかける時、まず正体を隠し、次に勉強をし、次にエホバの証人の考えを受け入れるように仕向けていきます。人は、相手を受け入れたなら、相手の考えを受け入れるように仕向けていきます。例えば、エホバの証人がある婦人のところに何回か訪問しました。その婦人は、あるとき急に体調を崩し、入院することになりました。連絡を受けたエホバの証人は、すぐに病院に駆けつけ、お見舞いの花を持っていきました。そしてその日から、一週間、その婦人のご主人と子ども用に夕食を届けたのです。頼みもしないのに、はじめは迷惑と思ったけれど毎日届けられると、だんだんと「ここまでする愛の人」と思うようになりました。普通であれば、ここまでするエホバの証人を受け入れることはたやすく、さらにエホバの証人の考えを受け入れるのに時間はかかりません。人は、好まれたいと思ったら、嫌がることを言わなくなります。つまりエホバの証人やカルト集団は、マインド・コントロールをかける術を知っているのです。彼らには、120年の歴史があります。だからどんな心理学の先生のセミナーを受ける以上に、本能的に人の心をつかんで、どうやったら、人が動くかをよく知って、トレーニングをしているのです。







 ある婦人は、退院後エホバの証人との勉強を再開しました。「知識」のテキストには、下段に質問欄があり、それに答えていきますが、変な答えをしたら、エホバの証人は喜ばなくなります。何回か訪問を受けるうちに、せっかく来てもらって親しくなってきたということで、相手が好むような答えを言うようになりました。初めは、おかしいと思っていたことでも、おかしいとは言わなくなって相手が納得したり、賛成したりすることを言うようになります。これが、積み重なっていくと、マインド・コントロールにどんどんかかっていきます。そして後は、聖書の聖句によって3つの楔が打たれます。それは、おかしくても変でも、理屈がついていきますので、その人の頭のうちに(エホバの証人的な思考)構造が出来上がっていきます。マインド・コントロールとは、最終的には、知的(体系的)なものなのです。

      






たねまき5 エホバの証人からきゅうしゅつされて5

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エホバの証人から救出されて5





 


 信用していた主人と両親、特に父には、小さな頃から「うそをつくな。正しいことをしろ。いつも正義を求めろ。」と教えられていたのに、私をだましたんだ。この心から愛する人々のために反対されてもエホバの証人をやめずにこれたのに、とうとう私にはエホバの証人の仲間以外、誰も分かってくれる人はいなくなった。そう思った瞬間、私にとって、その部屋、主人、両親、草刈先生は、遠い非現実的なものとなりました。私の思考回路はエホバの証人モードに切り替えられ、耳に入ってくることは心には届かず、ただの音として通り過ぎていくだけでした。



 草刈先生は、穏やかに話しておられました。確か色々な資料や、聖書から、エホバの証人の教えの矛盾を示してくださっていたようにも思います。けれども、私には全く聞こえても、見えてもいませんでした。耳も目もちゃんと開いていたのにもかかわらず、心が閉ざされていたのでしょう。今振り返ってみても、あの時どんな話をしてくださったのか、ほとんど覚えてえいません。ただ一方で、冷静に草刈先生を観察することができました。



 「この人は何でこんな仕事をしているのだろう。とても穏やかでよい人のようだ。聖書をよく読んでいらっしゃる。エホバの証人のこともよく知っておられる。資料は偽物ではないらしい。とても古い資料もあるようだ。聖書の神を信じておられる。聖書を全て信じ、権威をおいておられる。………。」



 時間は刻々と過ぎ、夜が明けて街が活動を始めても、私の周りはバリアーが張られ、時が止まったままでした。私はいったいいつまで、この人と居るのだろう。

早く家に帰りたい、と思いました。そんな心を見て取られたのか、草刈先生は「私はあなたがまだ心を開いて私の話を聞こうと思えないで居ることを知っています。けれどもこれは心を白紙の、まだエホバの証人の教えを聞いていない状態に戻そうと思ってもらえないと始まらないのです。私は二晩でも三晩でもここに居るつもりです。」とおっしゃられました。その日に帰る予定で、子供たちにもそういって出ていた私はとても驚きました。父も主人も、「そのために、仕事を休みにしてある。」というのです。父は一週間、主人は一ヶ月神戸に居るつもりで来た、と聞いて、私は「これは私も真剣に闘わなければ………。」と焦りました。



 それでも、最初の「だまされた。」という怒りはおさまっっていましたし、むしろ、あの父がそこまでして場を作ったんだ。主人も金沢の両親も心から心配してくれているんだ。と思えるようになっていました。そして、今度は自分の中で、自分はどうすべきだろう。どうすることがエホバ神の喜ぶことだろう。と考え始めました。





 私は、「エホバ、どうすればいいのですか。」と祈り、助けを求めました。それまでのエホバの証人としての学びや、主人とのすれ違い、伝道した喜び、仲間の証人たちとの楽しかった交わり、家庭の空気の暗さ、バプテスマを受けたときのこと………。何度も何度も同じことを祈り、考え、迷いました。迷いながら、「何故こんなに迷うのだろう。エホバの証人は迷ってはいけないのに。」と思い、苦しくなりました。そして、その時ふと、いつも私が祈っていた「本当の神がいるなら、その本当の神を教えて下さい。」と言う言葉が頭に浮かんできたのです。この祈りは、私がエホバを神と信じる前から、ずっとしていた祈りで、何故か、エホバを信じてからも祈らずにはいられなかったものでした。私は、「エホバを信じる私の心は、エホバがご存じのはずだ。私はエホバを信じたいと恩っているのに、こんなに苦しいのは、きっと何となく感じる、エホバの証人の教えに対する不安のせいだろう。今こそ神が、私の長年の祈りに答えて下さるのかもしれない。」そう思って、「聖書の神であるエホバを信じます。その本当の姿を教えて下さい。私の迷いを取り除いて下さい。」と祈りました。



 わたしは、少しずつ少しずつ、自分の心の中を見直すことができ始めていました。それまで、時間も心も余裕がなくて、日々の家事や伝道、集会、そのための勉強に追われるまま、ゆっくりと自分の本当の気持ちを見つめることもなかったのです。本当は、いくつもの疑問や不安があったのに、それを無意識のうちに押さえ込んで、見ないようにしていたのです。それが初めて、自分の心の中を覗いて一つ一つ取り出してみることができるようになっていました。教えの中で、矛盾する部分があったのに、答えを得られないままうやむやになっていた事や、組織に対する不安、つねに緊張していることへの疲れと、それを認めさせない自分、ー方で、今こうした場に追いいやられながら、どこかでホッとしている自分にも気付いていました。ただ最後まで頭にあった、エホバの証人としての姿勢を崩さなかったのは、「ここで草刈先生の言われるままに、心を白紙の状態に戻すことは、エホバを裏切って、サタンの側につくことになるのではないか。」と言うことでした。それは自分だけでなく、家族の、特に子どもたちの命を滅びへと導いてしまう恐ろしいことでした。目の前に、ハルマゲドンで苦しむ子供たちが浮かんでくるのです。



 迷っている私を見て、いつも声を荒げて反対をしていた父が、申し訳なさそうに言いました。「だまして連れてきたことは本当に悪かったと思う。でも、どうしてももう一度考えてみて欲しかったんだ。お前がもう一度学びなおして、それでもエホバの証人をとるというのであれば、もう何も言わない。反対もしない。○○君(主人のこと)も金沢のご両親も同じ気持ちだ。そしてもし、エホバの証人を辞めても、聖書の神を信じて教会に行くと言うのであれば、それでもいい。お父さんたちは、ただとても不安なだけだ。エホバの証人が正しいのかどうか解らないから、この草刈先生とお前との話をどちらも聞いてお父さんも一緒に学ぼうと思う。どうだろうか。」



 私は、そうだ何も草刈先生の話を聞いて、必ずしもエホバの証人を辞めなければならなくなるわけではないんだ。私は、エホバの正しさを主張すればいいんだ。きっとエホバは私を助けてくださる。でも、草刈先生のような方に私がどう立ち向かえるだろう。サタンの思うつぼだろうかといよいよ迷い始めました。そして、父の言葉の中の「聖書の神を信じる」と言う部分が頭の中に響きだしたのです。私は、聖書の神を信じている。草刈先生も信じている。じゃあ、何が違うんだろう。同じ聖書の神を信じているのであれば、エホバは、この話し合いをむしろエホバの姿がよりハッキリするものとして許されるのではないだろうか……。



 父は、最期にこう言いました。「それとお父さんは、子供たちのことを心配しているんだ。将来、お前がエホバの証人として育てて、本当に幸せになるのかどうか。もし万が一エホバの証人が間違っていたら、子供たちの一生は取り返しがつかないのだから。」



 この言葉を聞いた時私は、大きなショックを受けました。自分が心の奥で密かに持っていた一番の不安をバーンとぶつけられたような感じがしました。私は、子供たちが「エホバの証人の子ども」として着々と成長しているのを見ながら、嬉しく思い、一方で本当にいいのだろうかという不安をいつも持っていたのです。けれどもそれは、自分の意思に上がらないよう「エホバの証人の私」がいつもいつも見張っていたことでした。その父の言葉を聞いて私は、、やっと自分の本当の気持ちを認めることになりました。「もしエホバの証人が間違っていたら………。」ずっと心の奥底に押し込めていた不安が私を襲いました。涙がボロボロこぼれ不安と恐れに潰されそうになりながら、どこかで、「やっと楽になれそうだね」と言う声が聞こえました。私はようやく”自分”に戻って、聖書の神を一から求めてみようかと決心しました。

 






<次号へつづく>

(金沢聖書バプテスト教会員 主婦)

たねまき4 エホバの証人絵のアプローチ4 マインドコントロール

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ワンポイントレッスン

「エホバの証人へのアプローチ 4 」

<エホバの証人がマインド・コントロールをかける方法>

《3つの聖句》








 エホバの証人は、聖書をよく知ぅているように見えますが、たくさんのことは勉強していません。その教理も3つの聖句で出来上がっています。そして、どのエホバの証人に質問しても、全部同じ答えが同じ順番で出てきます。長老であっても、新しいエホバの証人であっても知識量は同じです。例えば「イエスは最初に造られたもの」については、コロサイ人への手紙1章15節、ヨハネによる黙示録3章14節、箴言8章22節を引きます。「統治体」については、マタイによる福音書24章45〜98節、使徒の働き8章38節、15章6節を引きます。「輸血」については、創世記9章3〜4節、レビ記17章10〜16節、使徒の働き15章20節を引きます。



 この3つ以外はいりません.1つであってはならないし、2つではまだ不安です。4つでは、覚えるには多すぎます。だから3 つなのです。



 エホバの証人は徹底して教えられているから、どんな人でも、どんな状況でも、3つの聖句か出てきます。エホパの証人は聖書を一言一句忠実に解釈する原理主義の教派だと言っていますか、3つの聖句だけ覚え、納得しているのです。王国会館に行けば、授業の仕方が分かります。ものみの塔誌研究、書籍研究というのがありますが、まず、本の本文を読みます。彼らの本は、下に全部の質問が書いてあります。次に司会者が下の質問を読みます。分かった人は、手を挙げて答えを言います。変な答え方をすると司会者は「ほかにありませんか?jと他の人をニコッとしながら当てます。正しい答が出ると「本当によくできましたね。」といい、次の質問に移ります。エホバの証人の集会に行って「質問があります。」と言うなら「個人的な貿問は、後にして下さい。jと言われます。後から質問したら、「個人的な質問はしないで下さい。もうちょっとよく学んだら、分かるようになりますから。」と言われます。だから、マインド・コントロ−ルの方法というのは、はじめに教理があって、3つの聖句を捜してきて、組み立てて、何度もくり返し、教えていきます。人間の頭は、情報が多いと整理の仕方が分からなくなりますが、3つの情報なら、安心して整理ができます。



 こういう意味でエホバの証人をキリスト教の異端(教理は異端であるが)というより、マインド・コントロールをしている集団と見るべきです。


たねまき4 エホバの証人救出の資料や参考文献の入手先

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たねまき Vol.4


エホバの証人救出にあたって

大切な資料や参考文献のご紹介






◎いのちのことば社

 いのちのことば社サービスセンター

  Tel 03−3295−7241

  Fax 03−3295−7242

  (営業時間 月〜金 AM9:30〜PM6:00)



◎ニューライフ・ミニストリー(ジャン・ドーゲン)

 大阪府河内長野市南花城3丁目6-51

 Tel 0721−63−9021、 65−0929



◎真理のみことぼ伝道教会(ウィリヤム・ウッド)

 埼玉県新座郵便局私書箱26号

 Tel・Fax共通 0492-53-2213



◎西舞子バプテスト教会出版部

 神戸市垂水区西舞子8丁目1 0 − 1 1

 Tel 078ー781ー3258



◎豊橋ホサナキリスト教会 エホパの証人を救出する会

 豊橋市住吉町160

 Tel 0532ー61ー8984

 Fax 0532−63−3970



◎キリストの王国ネットワーク

 神戸市垂水区狩ロ台5ー1ー101

 Tel・Fax共通 078ー784ー2939



◎バラビジョン

 東京都千代田区神田駿河台2−1 OCC713

 Tel 03ー3294ー9095

 Fax 03−3294−9305



◎ニューライフ出版社(ニューライフ・ミニストリーとは関係ありません)

 東京都千代田区神田駿河台2−1 OSCCビル

 Tel 03ー293ー0456



◎あかし書房

 東京都杉並区成田西3ー9ー22

 Tel 03ー313ー4014

 Fax 03−311−9359



◎新世界訳研完全 大野キリスト教会 中沢啓介牧師

 神奈川県相模原市大野6一9ー13

 Tel 0427ー43ー5674

 Fax 0427ー48ー1959

たねまき4 エホバの放任から救出されて4

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エホバの証人から救出されて4





 主人が、「神戸に遊びに行こう。」と言ってくれた時、私は大喜びしました。と言うのも、神戸は、私たち夫婦が学生時代をすごし、結婚し、長女が生まれた思い出の地だったです。しかも、子供たちは主人の両親に預けて、二人だけの旅行だと言うのです。私は何の疑いもなく、「エホバは、何てすばらしい祝福を下さったのだろう。」と感謝でいっぱいになりました。



 その頃は、まだ草刈先生の救出活動が始まってそれほどたっていなかったので、金沢会衆では、私が主人と神戸に遊びに行くと言っても、誰も疑いませんでしたし、むしろそれまでのゴタゴタを知っている人たちは、「よかったね。」と喜んでくれていました。特に、私の司会者だった方は、私が東京にしばらく帰されていた間も、ずっと心配して手紙や電話を下さっていましたので、主人や家族と元の通りに仲良くなれたことを心から喜んでくれ、「気をつけて行ってらっしゃい。」と送り出してくれました。



 旅行は、車で行き二泊三日の予定で、一泊目は結婚式を挙げたホテルでした。その事は、金沢出発前に聞いていましたが、二泊目はどうするのか、主人は何も言いませんでした。私は私で、あまり気にもせず、当日になって「今日はどこに泊まるの?」とたずねると、「知り合いの持っているマンションで、自分たちが使っていないときに貸してくれる所だよ。」というのです。私は、少し変だなぁーと思いましたが、「ずいぶん親切な人がいるんだわ。」と気にもせず、神戸の懐かしい町を歩いて食べて、本当に楽しい時を過ごしました。



 夕方になって、いざそのマンションに行ってみると、随分山側で、神戸の街からはとても遠いのです。「何でこんな不便な所にしたのかしら。これなら、もっと海側の安いホテルを探せばよかった。」と思いましたが、仕方ありません。それでも、部屋に行ってみると、普段生活で使うものはすべて(食器、家具、布団その他こまごましたものも)揃っていて、なんだか他の人の家にお邪魔したような、変な感じがしました。



 部屋についてしばらくすると、玄関が開いて、誰かが入ってきました。管理人の方かしらと思ってそちらのほうを見た私は、とても驚きました。そこには、東京にいるはずの実家の両親が、大きな荷物を持って立っていたのです。「どうしたの?」と尋ねる私に、「お父さんたちも来たんだよ。」とだけ父は答えて、部屋に入ってきました。主人は、少しも驚いた様子もなく、待っていましたと言う感じで会話をしています。私は、「ああ、私をびっくりさせようとして、両親をこっそりよんでくれたのかしら。両親とゆっくり旅行することもなかったし、いい思い出になるわ。」とまだ疑いもせず、呑気なことを考えていました。



 ところが、主人も両親も、なんとなく落ち着かない様子です。そのうちに、主人が「実は、ある人とこれからここで、会うことになっているんだ。とてもお世話になっている方なんだけど。」と言って、私にもその人にあってくれるようにと頼みました。私は、「私が知らなくて、主人がお世話になった人なんて、誰かしら?。」と不思議に思っていましたが、そのうちに玄関が開いて、見ると、それは優しい笑顔の男の方でした。



 皆が席に着くと、その方は改まって私に向かって、私がエホバの証人として熱心に活動していることを知っていること、そのことについて主人や両親がとても心配していて、神戸の教会の牧師であるその方に相談したこと、そこで私を神戸に連れてきて、もう一度最初に戻って、エホバの証人の教えと一般のキリスト教会の教えとを比較しなおしてもらいたいことをゆっくりと話しました。私は、このときになって初めて、主人が私を旅行へ誘った目的も、両親がこの場にいる理由も、今日の宿がこのマンションであった理由も理解し、同時に「だまされた。」という思いでいっぱいになり、生まれて始めて心の底から怒りが爆発しました。



 「私は、今まで決して嘘だけはつかないよう生きてきた。また反対に、家族を信用し、疑ったこともなかった。そのことはみんなよく分かってくれているはずなのに、どうしてだましたりなんかしたんですか!!。」



 私は、それまでの主人の優しかった態度や、両親への手紙、神戸への旅行を心待ちしていた日々、ついさっきまでの楽しかった神戸の街・・・いろいろなことを思い出しては、それらが全部偽りのお芝居だったのかと思うと、悔しくて、悲しくて悲しくて、ただただ涙があふれるばかりでした。そして、心の中で、「エホバ、助けてください。どうぞ、サタンの誘惑から守ってください。」とお祈りし、決してこの牧師の言葉には、耳を貸さないぞと決心しました。



 






<次号へつづく>

(金沢聖書バプテスト教会員 主婦)

たねまき3 エホバの証人へのアプローチ エホバの証人と接するときの話題

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ワンポイントレッスン

「エホバの証人へのアプローチ 3 」

<エホバの証人との話題とコツ>






 エホバの証人の訪問を受けたクリスチャンは、「キリストは神である」ということを良く伝えます。クリスチャンにとって、これは正しいことです。そして「キリストが神である」ということは、三位一体の神への信仰の出発点でもあります。そこでクリスチャンはエホバの証人に対して、キリストが神であることを伝えるために、ヨハネによる福音書1章1節をよく開きます。しかし、エホバの証人はこれを聞いても「ギリシャ語聖書には、神の文学の前に定冠詞がありません。神が大文字になっています。」と言います。つまりエホバの証人は定冠詞がないから次の文字は、小文字になると教えられています。しかし、これは違います。定冠詞がなくてもいいのです。普通のギリシャ語の文法や注解書には、エホバの証人が言っていることは何も書いていません。エホバの証人はギリシャ語を知りません。(日本支部には、二人のギリシャ語を学んでいる人がいます。)クリスチャンは定冠詞のことを聞くと驚いて、答えることができません。つまり普通の文法書や注解書に書いてないようなおかしなことを言うので、答えられないのです。クリスチャンは調べるのに苦労します。



 定冠詞がなくても、大文字の神といえる方法があります。それには、エホバの証人から、ギリシャ語、英語逐語対訳聖書(王国行間逐語訳)をもらっておかなければなりません。組織の出版物以外は全て信じません。コピーもだめです。改ざんしているのではないかと思うからです。彼らの聖書の下には、英語が書いてあるので、冠詞がないことの確認と、神(GOD)が大文字になっていることを示すだけでいいのです。だからヨハネによる福音書1章1節も本当は神なのですよと説明します。エホバの証人と話す時は、コツが必要で、難しいことを言ったらいけません。「三位一体、地獄、霊魂不滅」は避けた方がいい話題ですが、「キリストが神である」ということはいいのです。キリスト教信仰からいえば、三位一体もキリストが神であるということも同じなのです。しかし彼らは、三位一体を考える時、一は三ではなく、三は一ではなく、神は三人いるか一人いるかということだけの議論でしているので、理屈で説明しても納得はできません。



(内灘聖書教会「エホバの証人セミナー」講師 中沢啓介師より)


たねまき3 エホバの証人から救出されて3

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たねまき Vol.3


エホバの証人から救出されて3






 東京での弟の結婚式が終わって、私は久しぶりのことでもあり、そのまま実家でゆっくりすることにしました。子供たちと一緒に、一週間程度親孝行しておいで、とのことだったので、大喜びで主人と主人の両親とを見送ったのです。ところが、一週間経っても、十日過ぎても、「金沢に帰っておいで」との連絡がありません。主人とは時々電話で話をしていましたが、まだ帰ってこなくてもいいよ、と言うだけでした。二週間ぐらい経つと、実家の両親が心配し始め、「エホバの証人をやめないと、きっと離婚だよ。」と私に迫るので、のんびりできるはずの実家でも、また「エホバ」を守る戦いを始めることになってしまいました。母親はいつも感情的になって「そんな変な宗教はすぐにやめなさい」としか言いませんでしたが、父親は、「ものみの塔」や「目ざめよ」誌の中から、変なところ、聖書に合わないと思われるところをチェックして来て、議論を始めるのです。私は人が変わったように(・・・・といつも両親に言われました)「エホバ」を守る態勢となり、聖書や資料を使って父を説き伏せようとしました。ですから、いつも話し合いは平行線でした。



 それでも、やはり実の父親です。カーッとなって言い合い、「この家に入られない!!」と思っても次の日になれば、「おはようー。」と笑顔で話し、「お父さんもお母さんも、あんたが心配なのよ。」と言ってくれると「うん、わかってる。ありがとう。」と素直になれるのです。さすがに三週間を過ぎると、のんきな私も、「いつ帰してくれるのかな。」と心配になりましたが、それでも両親は心配しすぎだわ、とまだまだ事の重大さに気づいていませんでした。



 また、私が東京でも「エホバの証人」として常に考え、行動できたのは、東京の集会に通っていたからでした。そこには電車に乗ってひと駅ほどのところで、自転車でも通えたので、子どもは置いて、一人で行きました。そこの会衆は、とても活発で、私のようにご主人に反対されながらも頑張っている方や、離婚してしまった方、別居中の方など、金沢では合ったことのないいろいろな状況が見られました。それでもどの人も明るくて、「エホバがいつも支えてくださっているから。」と前向きなのです。私は、もし、まだしばらく帰れなくても、ここでなら一緒にがんばれる、と大いに励まされていました。



 特に、長老ご夫妻は、私たち親子をとても心配してくださり、家が近かったこともあって、何度か食事に招いてくださったり、話を聞いてくださいました。長老婦人は、ほとんど家の中でしか生活できないようなご病気で、ベットで寝たり起きたりという毎日でしたが、「こんな私でも、エホバのために、できることがあるのよ。」とうれしそうに話してくださり、なかなか伝道に出られない私を慰めてもくださいました。そんな会衆でしたので、私は東京で冷静に「エホバの証人」について考えるどころか、ますます強められて「私も一人になっても頑張ろう!!。せめて子どもたちだけでも救われるように。」と思ったりしていました。



 こうして一ヵ月ほどが過ぎて、やっと「帰ってくるように。」との連絡がありました。私が、東京で頭を冷やすどころか、一ヵ月以上も嫁を実家に帰したままにすることは、近所の手前できないということを考えてのことだったようです。問題は何も解決されていないのですから、金沢へ帰ってきてからの毎日は、まさに戦いでした。主人の父がいよいよ我慢できずに、わたしを非難し始めたのです。エホバの証人は世の中で認められていないこと、世間の常識から外れていること、そんな嫁がいると知れたら、家族、親戚が迷惑すること、○○家の嫁としては先祖の墓を守る義務があること、もしこれらができないなら、嫁としてはふさわしくないので、離婚させること・・・・。普通の人が普通に考えることを、父は私に言ってきました。けれども東京で強められていた私には、何の驚きでもなく、反対に神のみ心に反した、人間中心的な考え方だと、軽蔑すらしていました。離婚ということについても、「私は絶対に分かれない、主人もそう思っているに違いない。」という確信があったので、父が何度そういって怒ってきても、私は少しも動揺しませんでした。



 そんなピリピリした日々の中でいよいよ私のバプテスマの日が来ました。私は、バプテスマを受ければ、もしかしたら物事が好転するかもしれないと期待していたので、その日主人も一緒に来てくれたことを、うれしいと感じていました。



エホバの証人は、バプテスマを全浸礼で行います。私は、他のバプテスマ予定者とともに誓いの言葉を述べてから、水着に着替えるために別の部屋へ向かいました。と、通路に主人が現れて、つかつかと私のほうへ来ると、私の腕をつかんで「バプテスマは受けさせない。」と言うのです。私は予想外のことでびっくりして、何とか主人から逃れようとしましたが、主人は私を離しませんでした。パニックになった私は、何が何だか分からないまま、主人とともに別室に連れていかれ、そこで地域監督と呼ばれる方と話をして、主人がこんなに心配して反対しているのだから、今回のバプテスマは見送ること、ご主人は私を心配してのことだから、悪く考えないこと、バプテスマはまた次の機会に受けられることを教えられました。



 このことは、私にはとてもショックでした。でも、不思議と心のどこかでホッとしている部分もありました。今思えば、エホバの証人になりきれなかった「私」の部分が「良かった」と思っていたのだと思います。と言うのもバプテスマの誓いの中で、組織に忠実であることに「ハイ」と返事をする項目があって、やっぱり心の中の「私」が「イヤだなあ」と感じていたからです。エホバの証人としての私は、そんな「私」を一生懸命押し殺そうとしていました。



 けれど、このころから主人は少しずつ私の話に耳を傾けるようになっていました。私は、主人が、バプテスマを止めたことを悪かったと感じているのか、もしかしたらエホバが心に働いて、気持ちをこちらに向けて下さったのかしらとうれしく思っていました。後から分かったことですが、この頃には、実家の父と主人が、私をエホバの証人から救うために、いろいろと動いてくれていたようです。一つは、ずっと以前に主人の友人の知り合いと称して何度かうちに来て下さったウィリアム・ウッド先生との連絡でした。ウッド先生とは、私は結局直接には聖書の話はしませんでしたが、主人が聖書について知りたいから、ということで、二、三度私も横にいてお話をお聞きしました。エホバの証人であることを隠してお会いしているつもりの私は、(本当はすべて分かっておられたのですが)ほとんど何も話さずに、ただウッド先生を観察しながら、それでも「何でこんなに穏やかで神を愛している方がエホバの証人にならないのだろう。」と本気で悩んだりしていました。



 もう一つは、神戸の草刈先生との連絡でした。私を救うには、もう草刈先生のところで保護していただくしかないと決めていた父と主人は、草刈先生からも、ウッド先生からも、「夫婦が良い関係を保って、何でも話ができることがまず大切ですよ。エホバの証人の話しもがまんして、良く聞いてあげなさい。そして夫婦間の愛をもとどおりにしなさい。」と言われたのだそうです。主人は、私が驚くほどやさしくなり、エホバの証人の話しもいやな顔をせずに聞いてくれるようになりました。更に、私と聖書研究もやるようになったのです。主人とは何度か研究をやりかけていましたが、続かず、「忙しいし無理かなあ。」とあきらめかけていたのですが、この時は違いました。いくら夜遅くなっても必ず本を開いて、少しでもやろうとしてくれました。一方、実家の父も、私に手紙で証言することを許してくれ、私は月に何度か、エホバの証人の教義を、両親宛てに出すことが出来るようになりました。



 こうして、春の大会でバプテスマを受けられなかったものの、主人とはむしろ仲直りができた感じがして、私は「エホバが助けて下さった。」と久しぶりに幸せな気持ちでした。そして、いよいよ、夏の大会で、バプテスマを受けることができました。この時は、もう主人は一緒に来ませんでした。ウッド先生から、「好きなようにさせてあげなさい。今の状態ではバプテスマを受けても受けなくても変わりありませんから。」と言われていたのだそうです。私にはすべてがうまく行くように思われました。



 ところが、夏休みになって、また東京の実家へ遊びに行ったときのことです。「しばらく帰って来なくてもいい。」といわれ、再び主人と離されることになりました。私は、主人とはもう仲直りできたし、大丈夫との思いもあって、一週間もすれば、迎えに来てくれるだろうと思っていました。ところが、いくら待っても主人は来てくれませんでした。電話で話してもはっきりせず、私はだんだん不安になっていきました。東京では、また両親と言いあう毎日で(両親もとても不安だったのだろうと思います)私は、集会で他のエホバの証人と会ったり、一緒に食事をしたりすることだけが、楽しみになりました。



 こうして1ヵ月ほどが過ぎて、私が今度はそろそろあきらめて、東京で親子三人で暮らそうかと本気で考え始めた頃、やっと主人が来てくれました。主人は、金沢の主人の両親や姉たちから、いろいろ言われて来たようで、私を守りきれないかもしれないこと。私か家かを取れと言われれば、家を取ること、疲れてしまったことを話してくれました。私は、とても悲しく思いましたが、どこかで、仕方がないと思い、主人と子どものために、エホバの証人であり続けること、主人を心から愛していることを伝えました。主人は、私の父とも話し合い、結局、私を金沢に返してくれました。きっと、後は草刈先生に全てお願いするしかないと考えたのでしょう。それでも、主人は、主人の両親と姉たちに、全て自分に任せてくれるように、私には何も言わないように、と言ってくれたそうです。



 金沢に帰ってからは、東京で悩んでいた日々がうそのように、穏やかな平和な毎日が過ぎていきました。私はすっかり落ち着き、主人とも普通に会話ができるようになり、エホバに感謝していました。そして、秋も近づいた頃、主人が突然、「久しぶりに神戸に遊びに行こうか。」と言い出したのです。それが私のエホバの証人救出計画の始まりでした。





<次号へつづく>

(金沢聖書バプテスト教会員 主婦)

たねまき2 エホバの証人へのアプローチ エホバの証人とは避けたいテーマ

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たねまき Vol.2


ワンポイントレッスン

「エホバの証人へのアプローチ 2 」

<エホバの証人とは避けたいテーマ> 






 私たちは、「エホバの証人はキリスト教の異端である」というだけの認識では足りません。教理の違いだけではなく、マインドコントロールと言う宗教の形態を見なければなりません。つまりマインドコントロールをしているカルト集団なのです。クリスチャンは、エホバの証人を「異端」としてとらえて教理論争としているので、いくら証をしても、どこまで行っても、平行線と言う無駄な結果に終わります。そのため下記の3つについては注意をしましょう。



 エホバの証人と話さないほうがよいテーマの一つ目は、「三位一体」についてです。クリスチャンでも「三位一体」について、納得して説明できる人はいません。信じているものたちが一応理解するためのものなので、信じていないエホバの証人は納得ではなく、攻撃をしてきます。クリスチャンは弁明した喜びはあっても、エホバの証人に効果はありません。



 二つ目に話さないほうがよいテーマは、「地獄」についてです。クリスチャンは、「地獄」の存在を信じていますが、この話題に喜びはでてきません。エホバの証人は、愛の神が「地獄」を造るはずがないと思っているので、「地獄」があるといっても聞きたがりませんし、これも効果がありません。



 三番目に話さないほうがよいテーマは、「霊魂不滅」についてです。クリスチャンは、永遠に魂が続くことを信じますが、エホバの証人は「人は死んだら魂はおしまい」と思っています。旧約聖書の中には、魂は死んだらおしまいかと思えるような言葉が2、3箇所あります。もちろん聖書を学んで論争したら、クリスチャンは勝ちますが、それで異端と断定されても、改める人はまずいません。結局、議論で勝っても、エホバの証人を説得できないのです。

「エホバの証人からキリストへ」        

エホバの証人セミナー 講師 中沢啓介 師
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