2、生かす御霊

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 聖霊は、創造の働きをされる神であり、人にいのちを与える方であることを学びました。今日は、さらに聖霊が人を生かす働きをされる方であることを学んでいきます。

 ローマ8:11でパウロは、こう言っています。「もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです」。聖霊が人の内に住まれることによって、その人は生かされると教えています。聖書の福音は、信じる者に、まことのいのち、永遠のいのちを得させることを約束しています。その永遠のいのちとは、ただ単に不滅の肉体が与えられるということではなく、聖霊が人のうちに住まれることによって実現するいのちなのです。

1、神とともに生きるいのち

 聖書は、死というものを分離として教えています。一般的な人間の死とは、肉体と魂の分離です。本来人間は、肉体と魂が一体となっていて、初めて人間です。それらが分離するとき、それは本来の人間のあるべき姿ではなくなり、生きる事ができず、死にます。それだけでなく、元来人間は、神の息を吹き込まれて、生きた者となりました。人間は、神のかたちに似せて造られました。それは、本来神なしに生きていけない存在であることを意味しています。アダムが神に罪を犯して、神を離れたとき、人は死にました。それは人と神との分離です。神に罪を犯し、神を離れた人間は、神のかたちはゆがみ、神を信じ、神に応答して生きていくことができなくなりました。しかし、聖霊が人間のうちに住まれるならば、そのように罪人となってしまった人間でさえも、再び神とともに生きる者とされます。聖霊は、三位一体の神であり、本質において、父なる神とまったく変わりない神であられるからです。福音を信じることによって得られる永遠のいのちとは、聖霊がその人の内に住まれることによって、実現するのです。

2、聖霊の思いはいのちと平安

 ローマ8章前半は、聖霊の与えるいのちについて、もっと詳しく教えています。それは、人が神とともに生きるからいのちを持つだけでなく、御霊の思いがいのちであるからと言っています(ローマ8:6)。御霊が住まれることによって、人は御霊に属する者となり、「御霊に従う者は、御霊に属することをひたすら考える」ことができるようになります。それがいのちであり、「生きる」ということなのだと教えています。Ⅱコリント3章では、「文字は殺し、御霊は生かす」(Ⅱコリント3:6)と書かれています。文字とは、紙に書かれた律法のことです。律法は、優れて良い物です。その律法通りに生きる事が出来るなら、人は本当に幸いな生き方が出来ます。神の御前にも平安を持って出られ、罪に対して厳粛な神とも平和を持つことができるはずです。ところがパウロは戒めが来たとき、私は死にましたと言っています。それは、生まれながらの人間は、律法の要求することを願い、考えることができないからです。律法がどれだけ良いものでも、それを聞いて、行おうとする人間の性質が、律法の要求に反しているために、律法が人を良くすることはできません。律法は人の性質を変える事が出来ません。ローマ8:7には「肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです」と、明言しています。肉の思いとは、生まれながらの人間が持っている思いであり、性質です。その性質は、神に反抗する思いを持つものであり、決して神の律法に服従できないと断言されているのです。それで、パウロは「文字は殺し」と言ったのです。律法は、人間の「肉」の無力さを知らせることはできますが、律法にかなう願いを起こさせることはできないからです。ローマ8:6には、「肉の思いは死であ」ると言われています。人間は、神の律法の前に、まったくの無力である点において、死んでいます。また、まことのいのちであり、いのちの源である方の思いに、まったく逆らうことしか考えられない人間の肉の思いは、死なのです。律法は、人が神の前に死んだ存在であることを、浮き彫りにします。それは、8:2で「罪と死の原理」と言われています。

 しかし、その「罪と死の原理」から決して逃れることのできなかった人間を、解放することができるのが「いのちの御霊の原理」と言われています。律法は、神の義を示すだけで、人の内に義を造ることはできず、罪に定めることしかできません。しかし、聖霊は、人の内に住まれ、その人の内にあって、御霊に属することをひたすら考えることを可能にします。このように、考え、生きることができるのが、「いのち」であると教えています。御霊に属することをひたすら考える、自分の内に住まれる御霊に従う時、その人は律法の要求をも全うすると言われています。

3、御霊が人を生かすことは死者の復活である

 冒頭に引用した御言葉には、イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださる」とありました。今学んだように、肉に属する人間は、神の律法に対して、神の要求に対して、まったく無力です。それは、死んだ人間が、自分ではまったく微動だにできないのと同じです。神が人のうちに聖霊を内住させてくださるということは、この微動だに出来ない死体が、自分の力で起き上がるように、復活させることです。神は、キリストを死者の中からよみがえらせ、聖霊がキリストのよみがえりに結合させることによって、死んだ私たちをもよみがえらせてくださるのです。

4、死ぬべきからだを生かす御霊

 ローマ8:10には、「からだは罪のゆえに死んでいても」と書かれています。これは、単なる肉体のことを言っているのではなくて、福音を信じてもなお、クリスチャンが宿している罪の性質、肉の性質のことを言っています。その性質の願うこと、考えることは死です。しかし、そのような性質が残っていても、御霊に属することをひたすら考え、いのちの思いを持った聖霊が、クリスチャンの内には住み、生きていて下さるのです。そして、この聖霊に従い、肉の行いを殺すなら、あなたがたは生きると言われています。聖霊が住んでいないときは、まったく戦うどころか、動くことすらできなかったのですが、聖霊が住んでくださったことによって、肉の行いを殺すことができるようになるのです。これが、ローマ8章で言われている「生きる」ということであり「いのち」です。聖霊は、このようにして、人にまことのいのちを与え、永遠に人を生かすことの出来る方なのです。

5、聖霊は人を神と結合させることによって生かす

 ローマ8章では、聖霊のことをずっと御霊と読んでいます。それは、肉の性質と、御霊の性質を対比させて教えるためだと思われます。神に逆らう性質としての肉と、神の願う、いのちの原理としての霊との対比です。しかし、パウロはここで御霊を単なる性質としての霊と言ってはいません。御霊は従うべき、指導者として書かれています。御霊は意志をもっています。そして御霊は、ただ単に存在すると言われておらず、「住む」と言われています。ここには、具体的に意志を持った神ご自身が、クリスチャンの内に宿り、生きて働いている様を、生き生きと描き出しています。

 その人格を持ち、明確な意志をもった御霊について、8:9では「神の御霊」と言い、同時に「キリストの御霊」とも呼んでいます。この御霊は、神の所有であり、キリストの所有であります。それは、神が所有するにもっともふさわしい方ということでもあります。私たちは、あるものに対して自分の所有であることを主張するとき、それに対して強い関心を持っていることを示します。それと同様に、神にとって最も適格な方であり、神の所有である御霊を人のうちに住ませられるときに、その人自身もキリストのものであると言われています。そして、すぐ次の10節では「もしキリストがあなたのうちにおられるなら」とも言っています。神のものであり、キリストのものであり、同じ三位一体の神であられる聖霊が人の内におられるとき、キリストがうちにおられるとも言われています。聖霊は、キリストが私たちの内に、生きることを可能にしています。そして、キリストが私たちのうちにおられるなら、私たちの霊が生きると言われているのです。それは、私たちの内で、聖霊を通して、イエス・キリストご自身が生きられるからです。生きられるというのは、意志的に活動されるからです。聖霊は、キリストの死と復活に、私たちを結合し、キリストが生きるように、人を生かす力となります。パウロがガラテヤ2:20で「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」と言っています。そして、ローマ8章を見るなら、このことは聖霊を宿らせられたクリスチャンすべてについて言えることが分かります。このキリストが私たちのうちで、意志をもって生き、私たちを従わせるとき、私たちは生きるのです。そして、クリスチャンはキリストに能動的に従い、肉の行いと戦う、生きた存在なのです。

 御霊に属する思いをヨハネ、Ⅰヨハネなどから要約すると、神を知り、福音を信じ、兄弟を愛し、キリストに向き、キリストが歩まれたように歩もうとする思いです。これらの思いは、聖霊によっていのちを与えられなければ持つことが出来ず、これらを求めている人は、聖霊によっていのちを与えられ、生かされているのです。

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