3、御霊によって神を知る

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「生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それは彼らには愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです」Ⅰコリント2:13

 聖書は、神について知ること、聖書を理解すること、神に与えられた恵みを理解すること、その他すべて神に属するものは、聖霊によってしか理解できないと言います。しかし、実際にクリスチャンがいることは、神の聖霊のわざであり、クリスチャンが聖書の言っていることを理解するのも聖霊のわざだと教えられています。今回はそのことについて、主にコリント第一の手紙2章を中心に学びます。

1、聖霊だけがみこころを知る

 Ⅰコリント2:13は、「生まれながらの人間」が、神の御霊に属することを受け入れないということをはっきりと言っています。「生まれながらの人間」という言葉は、すべての人間を含む言葉です。すべての人間は、先天的に、何らかの特別な変化が起きない限り、神に属することを受け入れることができないと言われています。それでは、人間には望みがないのでしょうか。ある人は、人間は神ではないから、見えない、超越者である神を知ることなど不可能だと言います。この箇所は、そういうことを言っているのでしょうか。クリスチャンは、神を知っていると思い込んでいるに過ぎないのでしょうか。

 確かに、神を知っているのは、神ご自身しかおられません。2:11に、こう書かれています。「いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません」。ここでは、神の「みこころのこと」は、「神の御霊」つまり聖霊のほかにはだれも知らないと書かれています。確かに、神はご存在において、理解力において、知識において、霊性において、すべて人間を超越しておられますから、子どもが親の考えを理解するのが難しい以上に、次元の超えた方を理解することは、確かに不可能です。 さらに、ここでは、同じ人間同士でも、その心のことは、「その人のうちにある霊」以外は、知らないと言われていて、その難しさを、一層大きなものとして、伝えています。実際に、人が理解できなかった例として、使徒パウロは2:8を挙げています。「この知恵(神がキリストの十字架によって私たちを救われること)を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう」。「この世の支配者」とは、聖書を知らなかった人たちではなく、聖書をしっていたユダヤ人たちでした。「支配者」と訳されている言葉は、聖書を教える指導者たちにも、使われる言葉であり、イエス・キリストを十字架につけるように図ったのは、彼らでした。聖書を知っている、ユダヤ人でさえ、悟ることが出来なかったのなら、だれも悟り得ないのでしょうか。

2、聖霊による宣教によって神を知る

 パウロは、ここでそれがまったく不可能であることを言おうとしているのではありません。続く2:9~10では、こう言われています。「まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮んだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」 神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです」。ここで、パウロは「御霊によって啓示された」と言っています。人の知恵では理解できないことが実証されたと同時に、実際に「御霊によって啓示された」人たちが、信じることができ、悟ることができたことも言っています。パウロも、「御霊の啓示」によって信じた人の一人でした。パウロの場合は、復活し、昇天されたイエス・キリストご自身が現れ、「目からうろこのようなもの」が落ち、聖霊によって心の目が開かれるという経験を、超自然的に経験した人でした。しかし、コリントのクリスチャンたちは、そのような経験をしたとは、言われていません。「そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御霊と御力の現われでした」(2:4)と言われています。それは、派手な奇跡が起きたわけではなく、むしろ、「あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました」(2:3)と言われている状態での宣教でした。その特徴は、次のようでした。「私は、すぐれたことば、すぐれた知恵を用いて、神のあかしを宣べ伝えることはしませんでした。なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです」(2:1~2)。ここで、パウロがこのように言うのは、ギリシャでは雄弁術が盛んで、いかに人を説得するかということによって、それが真理であるかどうかが決定される風潮が、コリントにはあったからです。そのコリント人たちに対して、説得力を持つ言葉というのは、いかに彼らの思考に魅力的な論理で語るかということにあって、いかにそれが真理からそれていないかということでは、なかったからです。それで、パウロは、コリント人たちには、魅力的でない論法によって、真理である福音を語りました。それが「御霊と御力の現れ」であったと言われています。この福音は、パウロ自身が反対し、滅ぼそうとしていたものです。それを御霊の啓示によって、誤りだと気付かされ、悔い改め、信じたパウロが、その自らが信じている通りに福音を語ったのです。その宣教は、人の歓心を買うという基準ではなく、神を喜ばせようとするところに基準がありました。そこに御霊が働かれたのです。

 ここに二つのことを見ることが出来ます。一つは、聖霊の外的な働きです。「生まれながらの人間」は御霊に属することを受け入れることができません。しかし、聖霊を宿していない人でも、聖霊を宿している人が、その信仰と聖書に基づいて語るとき、そこに聖霊が働かれるということです。この外的な働きによって、その人も福音を神の言葉として聞くことが出来るのです。

 もう一つは、福音を信じているクリスチャンが、神に与えられた信仰によって信じた聖書のことばを語るときに、そこに聖霊が働かれるということです。

3、聖霊を受ける恵み

 聖書に基づいた宣教は、聖霊による啓示が伴います。そして、それを信じ、受け入れたとき、その人は新しく、生まれ変わると聖書は教えています。今回は、そのことには詳しく触れませんが、その人は「御霊によって生まれた」者と言われています。そして、Ⅰコリント2章では「私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました」と言われています」。福音宣教を通して働く聖霊の働きによって、福音を信じた人は、今度は聖霊がその人のうちに住んでくださると約束されています。聖霊は、決して「生まれながらの人間」には住んでおられないと聖書は言っています。ただ、御霊による啓示を、神からのものとして受け入れた人にのみ、住まれるのです。

 この神から受けた御霊によって「神から私たちに賜ったもの」を知ると言われています。「神から私たちに賜ったもの」とは、いったい何でしょうか。2:8でパウロは、「この知恵を、この世の支配者たちが」「もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかった」と言います。彼らは、この神の知恵、御霊に属する知恵がなかったために、ナザレのイエスが、神が賜った救い主であり「栄光の主」であることを悟らなかったのです。このナザレのイエスが、栄光の主であることは、「御霊に属すること」であり、「生まれながらの人間には愚かなこと」です。それゆえ、決して悟ることができず、受け入れることができません。神が、もっとも栄光に満ちた方である神ご自身をくださったにも関わらず、そのことが理解できないのです。しかし、「恵みによって」、神は私たちに聖霊をお与えくださり、その聖霊によって、イエスこそ「栄光の主」であり、救い主であることを知り、信じることができるのです。そして、このキリストによって神を知るものとされ、「キリストの心」を持つものとされます。キリストを知り、キリストを信じ、キリストに導かれるのは、神が聖霊によって啓示され、聖霊を住まわせて下さった恵みによるのです。

 そして、それを知るためには、「御霊に教えられたことば」を用いると言われています。私たちは、今御霊に教えられたことばである聖書を与えられています。聖書は「聖霊に動かされた人たちが」語った、「神からのことば」であり(Ⅱペテロ2:21)、聖霊によって霊感された書物だからです(Ⅱテモテ3:16)。イエスについて語る資料は多かれども、このイエスが神から賜った栄光の主であることを教える、神の知恵は、聖書しかありません。そして、この聖書は、聖霊によってのみ正しく理解され、信じる者が語るとき、聖霊が働かれるのです。

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