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4、真理の御霊 ~助け主~

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 イエス様は、十字架につかれる直前、弟子たちに聖霊を遣わされる約束をされました。イエス様は、その聖霊について、もうひとりの「助け主」であり、「真理の御霊」であり、その聖霊はイエス様のことばを思い起こさせ、世の目を開き、弟子たちをすべての真理に導くと教えられました。今回は、この時イエス様が教えられた、「真理の御霊」としての、聖霊の働きについて学びます。

1、もうひとりの助け主

 ヨハネ14~16章は、聖霊の章句とも呼ばれます。この章句で、これから十字架にかかろうとしておられるイエス様は、後に残していく弟子たちに、大切な教えをして行かれます。そして、その中心の一つが、聖霊についての教えです。

 イエス様は、父なる神にお願いして、聖霊を遣わすと約束されます(ヨハネ14:16)。そして、その聖霊について、まず「もうひとりの助け主」であると教えます。「もうひとり」ということは、今助け主がおり、その助け主の他に、同じ働きを担う助け主がおられ、それが聖霊であるという意味になります。「もうひとり」と訳されている「アンロス」という言葉は、「同種で別のもの」を意味します。つまり、イエス様ご自身が助け主であられたのです。そのイエス様が、弟子たちに「わたしが行く所にあなたは今はついて来ることは出来ません」(ヨハネ13:36)と言われたことによって、弟子たちは悲しみ、不安になります。その弟子たちに、今まで弟子たちを教え、導き、養ってきたイエス様の助け主としての働きを担う、もう一人の助け主を遣わすと約束されたのでした。そして、イエス様が「去って行かなければ、助け主(聖霊)があなたがたのところに」来ないとも言われました。そして、それは弟子たちにとって益であるとも言われます(ヨハネ16:7)。その点では、イエス様が助け主として、地上におられたよりも、実は聖霊が遣わされた方がすぐれた面があると言われます。そのすぐれた面の一つは、地上におられたイエス様は、限られた場所にしかいることが出来ませんでしたが、聖霊は、すべてのクリスチャンのうちに、常にいてくださるということがあります。そして、その助け主は、イエス様が目に見える形でそばにおられなくなっても、イエス様のことばを思い起こさせ(ヨハネ14:36)、イエス様の持つ平安を弟子たちに与えます(ヨハネ14:37)。そして、この助け主聖霊は、「真理の御霊」と言われます(ヨハネ14:17他)。

2、真理の御霊

 イエス様は、ヨハネ14~16章で、聖霊について一貫して「助け主」(14:16,26、15:26、16:7)、「真理の御霊」(14:17、15:26、16:13)と教えられます。そして、いずれの場合も「助け主」と語られた、すぐ後で「真理の御霊」と言われています。ですから、聖霊が「助け主」であられることと「真理の御霊」であることは、表裏一体のようです。
 16:8~13では、「助け主…が来ると」と言われてから「真理の御霊」と言われるまでの間に、聖霊の真理の御霊としての重要な役割が教えられています。16:8には、「その方(助け主、聖霊)が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます」と言われています。この箇所について少し見ていきます。

「罪についてというのは、彼らがわたしを信じないからです。」(ヨハネ16:9)

 イエス様を信じないから、罪について、世にその誤りを認めさせるのが、真理の御霊の働きと言われます。イエス様は、地上におられたとき、実は、この働きをしておられました。盲人がイエス様によって目を開かれ、その盲人がイエス様を信じたとき、イエス様はパリサイ人たちに次のように言われました。

「そこで、イエスは言われた。「わたしはさばきのためにこの世に来ました。それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです。」

パリサイ人の中でイエスとともにいた人々が、このことを聞いて、イエスに言った。「私たちも盲目なのですか。」
イエスは彼らに言われた。「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、あなたがたは今、『私たちは目が見える。』と言っています。あなたがたの罪は残るのです。」ヨハネ9:39~41

 ここで、『私たちは目が見える』と、パリサイ人たちが心の中で言っているために、イエス様を正しく見ることが出来ず、生まれつきの盲人が、「神は、罪人の言うことはお聞きになりません」と告白して、救い主を見出して行きます。それは、パリサイ人たちの内に巣くう罪の現実を浮き彫りにする出来事でした。しかし、実は弟子たちも、イエス様から何度も「不信仰」との叱責を受けます。それでも、弟子たちはイエス様に従って行きました。イエス様がおられる時は、イエス様のおことば、イエス様の行動が、人々の内に巣くう罪をえぐり出していったのです。それは、罪の性質に対して、人々の目を開くお働きです。16:8の、「誤りを認めさせる」という言葉は、法廷用語で、証拠を並べ立てて、罪の事実を認めざるを得なくなさせることを指しています。他の訳では「目を開く」とも訳されています。しかし、イエス様がこの地上を去って行くならば、世は本当の罪とは何かを知ることが出来なくなってしまいます。しかし、助け主、真理の御霊である聖霊が遣わされることによって、この働きは継続されたのです。しかも、世界中に広がりました。

「また、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなるからです」(ヨハネ16:10)

 イエス様は、罪を罪として知らしめられる以上に、ご自身義であられました。イエス様を見たものは、「父を見た」と言われました。イエス様こそ、肉体を取られた神でありました。律法には、神の義が示されていても、だれもその通りに生きられませんでしたが、イエス様こそ、人間が義に生きるとはどういうことかを身をもって示されたお方でした。身近にいた弟子さえ、その口になんの偽りも見つけ出すことができませんでした。しかし、イエス様が、この地上を去られると、誰もその義を見ることが出来なくなります。そして、この地上には、誰もそのような義に生きていないばかりか、むしろ、イエス様に対してそうであったように、その義を迫害する者が出て来ます。そうなると、弟子たちも何が本当の義か自信が持てなくなります。しかし、助け主、真理の御霊は、クリスチャンに聖書によって神の義を示し、その義を信じる信仰に立たせ、この地上に「義」を示し続けてくださいました。
これら罪と義に対して目を開くのは、光の働きです。イエス様は「だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです…しかし、夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです。」(ヨハネ11:9,10)、イエスは彼らに言われた。「まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい」(ヨハネ12:35,36)と教えられました。イエス様が去って行かれることは、弟子たちにとっても、この世にとっても、光を失うことでした。しかし、真理の御霊、助け主が遣わされることによって、光を灯し続けて下さったのです。それは、クリスチャンを支える力強い助けであり、まだ信じていない人たちに対しても、真理に導く光をクリスチャン、教会を通して輝かせて下さっています。

「さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです」(ヨハネ16:11)

 ヨハネの福音書は、「この世を支配する者」について一貫して、語っています。イエス様が十字架にかかられる「今」が、「この世のさばき」であり、「この世を支配する者は追い出され」(ヨハネ12:31)、イエス様を十字架に架けるために「この世を支配者する者が来る」がイエス様に対して「何もすることはでき」ないと言われます(14:31)。そして、16:11で「さばかれた」と語ります。これらの御言葉を見ると、「この世を支配する者」とはサタンであり、イエスを十字架に架けて勝利しようと試みるけれども、かえってその事を通して、イエス様が「父を愛しており、父の命じられたとおりに行なっていることを世が知る」(14:31)と言われています。この世はサタンに従って、イエス様を十字架に架ける判決を下しました。けれども、神はむしろ、イエスを義としてよみがえらせ、十字架はかえってサタンの罪深さを浮かび上がらせました。

3、真理の御霊はイエスを証しする

 今まで見て来たように、助け主、真理の御霊の役割は、すべてイエス様の救い主としてのお働きに集中しています。

わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。

あなたがたもあかしするのです。初めからわたしといっしょにいたからです。(ヨハネ15:26,27)

 このように、聖霊はイエス様を証しする役割を持ち、それが助け主の役割であり、真理の御霊の役割です。ヨハネ14:6は、「わたし(イエス)が…真理」であると明言しています。そして、その真理の御言葉を弟子たちに思い起こさせ、イエス様が見える形でおられないこの地上で、イエス様を証しする役割を持っておられます。

Ⅰヨハネ2:20~27では、真理の御霊は、「聖なる方からの注ぎの油」と言われています。そして、イエスをキリスト(救い主)と信じた者には、注ぎの油(聖霊)があり、その聖霊を持っている人は、「真理を知っている」と言われています。そして真理を知っている人は、イエス・キリストの教えに従います。真理とは、イエスがキリストであることを信じ受け入れること。そして、真理に属する者は、行いにおいてもキリストが歩まれたように歩むということを教えています(Ⅰヨハネ2:21~22、3:6,18~19)。

聖霊は、まずクリスチャンの内に働かれ、イエス様の証しを信じ、そこに立てるように、聖霊ご自身の証しをもって支えられます。目に見えないイエス様を見るようにして生きるようにさせるのが聖霊の働きであり、その事を通して、クリスチャンもイエス様を証しします。

 そのようにして、自ら罪を罪として悟ることができず、義を知ることのない、暗闇の中にある人々に、聖霊によって光を照らし、道を示して下さるのです。それによって、人はまことの神に導かれることが出来、まことの救いを求めることができるようになります。

 このようにしてみますと、聖霊は信ずる者の内に、イエス・キリストを示し、この世にキリストを証しし、罪について、義について、裁きについて世に誤りを認めさせ、真理に導く働きをしておられます。それは、聖書を読むことによって、信者のうちにキリストが形づくられ、その生き方と宣教を通して、キリストの働きが、信者を通してなされるようにする働きです。そのようにして、今もイエス様は、救い主としてのお働きを、聖霊を通してしておられ、その働きにクリスチャンをあずからせてくださっていることを見ることが出来ます

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