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たねまき10 証 人にではなくキリストに目を向けて3

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たねまき Vol.10


証《人にではなくキリストに目を向けて3》






  私にとって、隠し絵もまたショックなことでした。「あなたも永遠に生きられます」や「啓示の書」、ものみの塔の雑誌など、日々目にしている本の中にたくさん心霊術的、悪霊的な絵があったのです。ギリシャ語の文法や「王国行間逐語訳」も知らなかったので、自分の責任をそれほど感じませんでしたが、自分の目で見ていたものに関してはそれなりの責任があり、それが思うと嫌で嫌でたまりませんでした。私の変化を見ていた息子には、ほとんど説明はいりませんでしたが、私の伯母と家で留守番をしていた娘たちには、私から話す必要がありました。一人づつ来てもらって、資料を見てもらいながら、ものみの塔は間違っているという考えを明らかにしていきました。ショックはありましたが、理解をしてくれたのは幸いでした。



 間違いに気づいて四日後の日曜日、私は家族に伴われて、礼拝堂に足を踏み入れました。座ると目の前に十字架がありました。20年前、人を見て神を退け、今度は誤訳聖書を神の言葉と思って信じ、また自分の信じたいことを信じてきたのでした。「私の所へきなさい」と言う、主の呼びかけをずっと無視して、人を裁き、親族に心配や迷惑をかけ、神に対しても人に対しても罪を重ねてきたことに、涙があふれました。同時に明るく大きな讃美の声、あちこちから聞こえてくるアーメンの声、ああ、集会ではなくて礼拝だと強く感じました。神と私の間に何もさしはさんではならないのですと言う言葉を聞いて、そうなんだ、今まで14万4千人とかものみの塔の組織が神と私の間にあって、神の栄光が見えにくくされていたんだと判り、取り除かれたことを嬉しく思いました。後で分かったことですが、神との間にあったものはそれだけでなく、私の罪もありました。



 礼拝のメッセージは「キリストに忠実さ」でした。



 1、神との間の罪という罪を取り除いて個人的に交わること。

 2、与えられている賜物を用いていかすこと。

 3、キリストの身代わりの死、復活、信仰によって神の子とされる事を本当に理解して証すること。

 4、試練の中でも神と共に歩むこと。



 という4つの点を話されて、私は間違いに気づいたばかりでしたが、その様に生きたいと思いました。マタイ18章3節と使徒の働き2章41節の御言葉が心に浮かび、背中をぽんと押し出されるように前に出て、イエス・キリストを受け入れることが出来たのでした。初対面の私を抱きしめて涙ながらに喜んでくださる姉妹、永遠の命が与えられたんですよ、と優しく教えてくださる姉妹、ああそうなのかと何にも知らない子どものような私でした。



 振り返ってみると、私がありのままの姿で神の前に出ることの難しい、プライドの高いものだったので、神は、ものみの塔を通ってキリストのもとに来ることをお許しになったのでしょう。そして、十字架に架けられ復活し、生きておられるキリストの御霊は、ずっと働いてくださっていたのでした。



 教理を正しく理解しなおすためにリハビリが出来るような助けもありました。一人では不安が大きかったろうと思いますが、同時にリハビリを受けられるよう、主は友を備えてくださいましたし、父の献身的な協力は本当に感謝でした。



 一月ぶりに我が家に戻ってみると、全てが愛しく、人々に対してもずいぶん構えていたことがわかりました。信仰を与えられたことから来る安らぎが影響していたのかもしれません。同時にかつての仲間を憂慮する気持ちもありました。もし何処かであったなら、思いっきり喜びに満たされた顔で挨拶してと考えていましたが、なかなかその様には出来ませんでした。



 紹介された小杉バプテスト教会は、N教会と同様に明るく大きな讃美の声が印象的でした。そして交わらせていただくうちに、聖書に忠実であろうとしている教会だと思えました。他の人と祈りあうことをしたことが無かった私は、祈祷会が苦手でしたが、ある姉妹のお嬢さんの病気を通して、ともに祈りたいと言う気持ちに変えられ、また日曜学校のモーセの学びの中で自分が律法を守ることの出来ないものであったことを、改めて思い知らされました。そしてエホバの証人に重荷を負っておられるW師と野はなしから、更に礼拝で実を生み出すべき子と言うメッセージを聞き、バプテスマの決心を与えられました。滅び行くものとしての罪から開放されても、日々重ねてしまう罪から逃れることが出来ない今ですが、イザヤ55章11節「そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、私の言い送った事を成功させる。」の通り、キリストがこられる時、私たちを似た者としてくださるという約束を、希望をもって待つことができます。



 今まで、私は多くの人から慰められ、励まされ、祈っていただきました。それは、他の人のために祈り、慰めるべきことを教えていただいたのだと思います。まだ救われていない家族のために、仲間のクリスチャンのために、偽りの中にあって心理を知らずにいる人々のために。召し出された者として与えられた賜物を生かしながら主に仕え、用いて頂ける者でありたいと思います。



主の愛に、家族、夫の愛とクリスチャンの愛に感謝します。そして、全てのことが神様の御栄光となりますように。





(小杉在住 主婦)



(小杉在住 主婦)


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