御言葉メール766

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御言葉メール766

2015年2月7日(記:辻嵐桂子)

「わが神、わが神。
どうして、私をお見捨てになったのですか。」(詩篇22篇1節)

この詩篇の作者は、「神に捨てられた」と思われるような苦しみを味わっていた。
肉体的にも極限状態で、敵に囲まれ、絶望とも言える作者の状況は、最近のニュース-テロリストに拘束され殺害された被害者-を思い起こせば私たちにも想像できるのではないか。

この詩篇は、メシアの受難を予見したものと言われるが、主イエスが十字架上で苦悩を味わわれたとき引用されたのは、まさにこの言葉であった。

しかしここに敵を呪う言葉はない。作者は嘆きの中でも神への信仰を表明し、後には神への讚美へと代わっている。
キリストは苦しみの後「完了した 」と言って息を引き取られたが、それは単に苦しみの時が終わったという意味ではなく、私たち人類の為の贖いの御業が成し遂げられ、完成したという、勝利の宣言であった。

かつて多くの聖徒が経験したように、試練に遭い、嘆きの中にいる人がいるなら、神がその嘆きを讚美へと代えて下さるということを、この詩篇を通して覚えることができますように。

「主を恐れる人々よ。主を賛美せよ。」「まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。」(詩篇22篇23、24節)

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