御言葉メール787

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御言葉メール787

2015年7月11日(記:斎藤文子)

「だれも私のことを思って心を痛めない」(第1サムエル22の8)

私達は孤独の中で冒頭の様に叫ぶことがあると思います。これはサウル王の言葉ですが、彼はこの言葉の前に、側の家来に「誰のおかげでお前達は生きておられるのか」と豪語します。自信たっぷりに見える人が、実は被害者意識が強くもろく寂しい。人間は程度の差こそあれ、こういう二面をもちながら生きているのではないでしょうか。

私などは神への信頼が第一だと思いながらも、人が自分のことをどう思っているかと考えたり、神の助けよりも、今、目に見える助けを求めてしまいやすい。しかしその二面性が交互に強く出てくる悪循環は、自分を追い詰めていくことになります。サウル王がそうでした。堂々巡りの苦しみを断ち切るためにサウルは、ダビデにパンと剣を与えた祭司とその一族を抹殺したのです。

しかし本当にサウルのことを思ってくれる人はいなかったのでしょうか。いいえ。神様はサウルの周りに、サウルを愛する人々を置いておられた。サウルは決して一人ぼっちではなかった。自分の思いと感情の堂々巡りの中にある時、それがわからなくなる。しかし私達は自分に固執する時も、確実にそこから抜け出す道を知っています。神に呼ばわる事です。神に声を上げる時、自分の中の堂々巡りは切れるのです。

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