金沢聖書バプテスト教会

金沢聖書バプテスト教会は、神の愛とキリストの贖いと聖霊の導きによって真の神様を礼拝する者の集まりです。あなたを心より歓迎します

751~800

御言葉メール794

投稿日:

御言葉メール794

2015年8月29日(記:辻嵐桂子)

「自分を打つ者に頬を与え、十分そしりを受けよ。
主は、いつまでも見放してはおられない。」(哀歌3章30-31節)

イエス・キリストもこれとよく似たことを言われたが、これは旧約聖書の哀歌の一節である。
哀歌は、紀元前586年ユダ王国がバビロンに侵略され、都が陥落した惨状を嘆き歌われたものである。
イスラエルの民は、エジプトを脱出しカナンに定住した後も異教の神々を持ち込み、再三の警告を無視して偶像礼拝を行った。バビロンによる滅亡は、イスラエルの罪に対する神のさばきであった。
その惨劇は言語に絶する。だが神は、約束通り、神を待ち望む者を残された。

この夏、終戦70年を記念し様々な特別番組が各局で放送された。本当に戦争は、人を虫けらのように殺すこともまかり通る、人間の尊厳を失わせる恐ろしいものだと思った。
あのような戦争を経験しながら、今日日本が国家として存続していることはある意味恵みである。私たちは平和を享受してきた。

ユダヤ人たちがバビロンに侵略され捕囚となってから、ペルシャの王によって解放され国を再建するまでの期間がおよそ70年であった。これも神が預言者を通して約束されていたことだった。
70年の間神のさばきを受け止め、自らの罪を悔い、徹底的に辛酸を舐めた彼らは、首都再建の際には徹底して異教を排除し、二度と偶像礼拝に陥ることはなっかた。

戦後70年を経た我が国はどうだろう?国の行く末は懸念されるが、神を信じる私たちは、国のためにもまた祈ろう。

カテゴリー

-751~800

Copyright© 金沢聖書バプテスト教会 , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.