御言葉メール797

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御言葉メール797

2015年9月19日(記:斎藤文子)

「ダビデは、主の前で、力の限り踊った。」(第2サムエル記6の14)

私は主だけを喜びとできるなら、他の事に煩わされないもっと楽な人生を送れるだろうな、と考えることがよくありますが、現実はそうではありません。

聖書にはダビデが狂気して主を喜んだという記事がでてきます。ダビデがイスラエルの王となった時、他の町に置いてあった神の臨在のしるしの神の箱をエルサレムに移した時です。その時の行列で、ダビデは主への感謝と喜びのあまり力の限りはねて踊りました。それはダビデの妻ミカル(サウル王の娘)が、恥を知らないごろつきの様だとダビデをさげすんだ程でした。

しかしダビデはここに至るまで、逃亡生活と長く辛い戦いの日々の中で神により頼む事を教えられてきました。ダビデがいつも神を覚えて歩んでいたわけではなかったにしても、自分の罪に気がついた時、ためらわずに誰はばかることなく神に悔い改める。その神の赦しや慰めを覚えた時に今度は神への感謝と喜びを、ためらうことなく表していく。

その様に考えていくと、私などはつい、主だけを喜んでおれたら、と考えながら実際は、辛さから主を求めるのではなく、自分が安心して喜べる状態だけを求めていたのかもしれません。ダビデは悩むときに悩み、喜べるときに喜んだ。それは主が共におられ義しく導いてくださるという信頼によって可能になる生き方ではないでしょうか。

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