御言葉メール799

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御言葉メール798

2015年10月3日(記:斎藤文子)

「しかし、ダビデの行ったことは主のみこころをそこなった」(第2サムエル11の27)

私は今までの信仰生活を振り返ってみると、悩みや迷いの中にある時は、必死で神様を呼び求めてきました。その時はやむにやまれずそうするのですが、後で考えてみてわかるのは、その時間は決して空しさや後悔の無い時だったという事です。

辛くて他の事は考えられなくても神様を見上げるところには、痛みや後悔、不安の中にありながら語弊を承知でいわせてもらうなら、充足感があります。神に造られた人間が神を呼び求める事は私達の存在目的ですし、それこそが私達を空しさではなく、心を満たすものだと教えられます。ところが必死な祈りがひとまず落ち着くと、今までの緊張感がほぐれ、ほっとする安心感がいかにも自由な状態の様に感じられてしまう。
ダビデがバテシバとの姦淫から殺人に至る時はそういう時でした。命を狙われる逃亡生活と他民族との戦争は、ダビデに緊張を強いる生活でした。しかしその中でダビデは神を求め神との親しい交わりの中に、みこころを求め歩んできた。

しかし王としての立場が確立し戦いに出ないで、王宮で休んでいた時に突如として罪を犯す。どんな人でも束縛するものや問題の無い生活は楽ですし、そういう自由を求めています。ただそういう時も主の与えられた時だという事を思い出すことができる様に、祈っていきたいものです

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