御言葉メール832

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御言葉メール832

2016年5月21日(記:辻嵐桂子)

「主を恐れることは知識の初めである。
愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。」(箴言1章7節)

「箴言」とは「ことわざ」とか「格言」という意味で、賢者が人間、または自然界を観察し、得た知恵や知識に基づく道徳的、あるいは霊的真理を、簡潔な言葉で語ったものである。
旧約聖書の「箴言」も、格言や訓戒が韻律を持った詩の形で配列されている。
しかしそれは、単なる人間的な、道徳的教訓の集積ではない。

上記のみ言葉は、この書の中心テーマと言える。主を恐れるとは、創造者である神の主権を認め、そのみ前にひれ伏すことである。ここで言う知識とは、神についての知識である(箴言2章5節参照)。
また、愚か者とは、知能が低い者という意味でなく、主を知ろうとしない者のことである。

「わたしの民は愚か者で、わたしを知らない。彼らは、ばかな子らで、彼らは悟りがない。
彼らは悪事を行うのに賢くて、善を行うことを知らない。」(エレミヤ書4章22節)

私たちには罪があるので、神の啓示無しには確かな善悪の基準を持ち得ないし、また、善を行う力もない。
まずは神を知り、己れの真実をわきまえ、神のみ前に身を屈めてその訓戒に耳を傾けること、それが人が人として正しく生きるための出発点であると、聖書は教えるのである。

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