御言葉メール866

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御言葉メール866

2017年1月14日(記:辻嵐桂子)

「パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者でなく、ことにこの取税人のようでないことを、感謝します。私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』
ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』」(ルカの福音書18章11ー13節)

当時のユダヤ教指導者の多くは、律法(というよりは彼らの伝統)を厳守することによって、自分たちは神に受け入れられる、義人であると自負していた。
イエスはそんな彼らに上記のたとえを話し、義と認められたのは取税人の方だと宣言された。

この話は、クリスチャンである私たちにはとてもわかりやすい、納得できるたとえである。自分の罪を認め、赦しを請う者に、神は赦しを与えられるからである。
だが、取税人たちを忌み嫌い、見下していた当時の宗教家たちには、受け入れがたいことであったであろう。

私たちも、自分の功績を誇示したり(少くとも誰かに認めて欲しいものだ)、他人を見下したり、或いは、自分より惨めな人を見つけて「この人よりましだ」と自分に言い聞かせるなら、このパリサイ人と同じである。

私たちの心がいつも人ではなく神に向かうなら、神の御前に誇れるものはなく、ただ赦しを請うのみである。そしてイエス・キリストの贖いの故に、どんな時にも神をあがめるであろう。

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