御言葉メール880

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御言葉メール880

2017年4月22日(記:辻嵐桂子)

「彼らとともに食卓に着かれると、イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。」(ルカの福音書24章30ー31節)

十字架刑から三日目、イエスのからだが墓からなくなったという話しは、その日のうちにエルサレム中に広まり、噂で持ちきりであったようである(18節参照)。
墓に行った女たちはイエスが甦ったと証言し、他の者は、イエスのからだが盗まれたと言う。人々は困惑した。

そんな中、失望落胆し、混乱のエルサレムを後にしたふたりの弟子がいた。彼らは途上イエスに遭遇するが、それがイエスだとわからなかった。
イエスがパンを裂いた時、彼らはそれがイエスだと気付く。それは、生前イエスが度々弟子たちの前でとった行動であったのだろう。
だがそれ以上に重要なのは、イエスが道々聖書を説き明かし、彼らが熱心にそれを聞いたということである(27、32節参照)。
イエスの姿が見えなくなったにも関わらず、彼らは即座にエルサレムに引き返す。もはや失望も落胆も消え去っていたに違いない。

復活したイエスはその後昇天し、今は御霊の内住という手段で常に私たちとともに在る。もちろん目で見ることは出来ない。御言葉からそれを知り、聖霊の働きによって理解し、信じるのである。

だが様々な思いが、罪が、私たちの心を曇らし、ともに在る主を忘れさせる。
イエスがここにおられる。このことに気付く時、上記のふたりの弟子のように、私たちの心も変えられ、また、行動も変えられていくのかもしれない。

「見よ。わたしは、世の終わりまで、あなたがたとともにいます。」(マタイの福音書28章20節)

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