御言葉メール894

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御言葉メール894

2017年7月30日(記:辻嵐桂子)

また、イスラエルの全会衆があやまっていて、あることが集団の目から隠れ、主がするなと命じたすべてのうち一つでも行い、後で咎を覚える場合、彼らが犯したその罪が明らかになったときに、集団は罪のためのいけにえとして若い雄牛をささげ、会見の天幕の前にそれを連れて来なさい。(レビ記4章13-14節)

4章では、罪のためのいけにえについて語られる。これは5章の、罪過のためのいけにえと異なる。
罪過のためのいけにえは、個人が犯した特定の罪を贖うもので、罪の種類に応じてささげものが異なり、賠償も定められた。
これに対し罪のためのいけにえは、具体的行為は語られず、これらの規定の対象者は、大祭司、会衆、上に立つ者、一般の人々に分けられ、それぞれの手順が述べられている。
このささげものは、あやまって、あるいは知らずに罪を犯し、その罪が明らかになったときにささげられた。すなわち、故意に犯した罪というよりは、不注意による偶発の罪、あるいは無知やあやまった思想に基づく行為も含まれると思われる。

私たちは度々間違いを犯す。だが贖いは既に受け入れられた。気付いたとき悔い改め、神に立ち返ればよい。

上記の御言葉は、集団が罪を犯した場合を述べている。
今日で言えば、教会があやまった方向に進む(例えば聖書を逸脱してこの世の価値観に染まる)とか、国家としてあやまちを犯す(戦争や虐殺など)といったことだろうか。
確かに上に立つ者の責任は重い。
だが会衆も、神のみこころと違えばそれは罪に定められる。贖いが必要なのである。

集団としてあやまちに気付いたとき、私たちは共に悔い改め、方向転換できるであろうか。

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