御言葉メール896

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御言葉メール896

2017年8月12日(記:辻嵐桂子)

人が不実なことを行い、あやまって主の聖なるものに対して罪を犯した時は、ー(中略)ー彼は、その聖なるものを犯した罪の償いをしなければならない。それにその五分の一を加えて、祭司にそれを渡さなければならない。祭司は、罪過のためのいけにえの雄羊で、彼のために贖いをしなければならない。その人は赦される。(レビ記5章15-16節)

ここで取り扱われる罪過のためのいけにえは、賠償のささげものとも訳されるもので、人が罪を犯して他人の所有物を犯した場合にも、同様の贖罪が要求された(レビ記6章2-7節)。彼はまず被害者に適正な償いをし、それから罪過のためのいけにえがささげられた。
上記の箇所は、主の聖なるものに対して犯した罪についてで、すなわちそれは祭司の取り分のことを指す。
不実なことを行いとは、騙し取ることを意味し、通常は盗みや横領、詐欺等の行為によって相手に損害を与えることであるが、ここでは、主に対して本来ささげるべきものをささげない、ささげものをないがしろにする(マラキ書3章8節参照)、あるいは祭司の取り分をあやまって食べる(レビ記22章14-16節)といったことを指している。この場合も適正な賠償がなされた後、罪過のためのいけにえがささげられ、その罪が贖われた。

以前も述べたが、レビ記の規定は、今日そのまま実行されるべきものではない。
イエス・キリストの贖いは完全で、私たちは
自分で何らかの賠償を支払わなければその罪を赦されないということは決してない。事実賠償不可能な罪に対しても、いけにえによる贖罪は有効であった。
だが、賠償可能な罪をそのままにして、神の御前に立つことは、やはりふさわしくないのであろう。
神の民は、神に対しても人に対しても、誠実であるべきでなのである。

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