金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール911

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御言葉メール911

2017年12月16日(記:辻嵐桂子)

アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル人のすべての咎と、すべてのそむきを、どんな罪であっても、これを全部それの上に告白し、これらをそのやぎの頭の上に置き、係りの者の手でこれを荒野に放つ。そのやぎは、彼らのすべての咎をその上に負って、不毛の地へ行く。彼はそのやぎを荒野に放つ。(レビ記16章21-22節)

これは贖罪の日の儀式の中の特異な行程である。
大祭司はまず、自分と家族の罪の贖いのため雄牛をささげて後、民のための贖いとして
二頭のやぎを立たせくじを引き、一頭を主のためのいけにえとし、聖所の贖いをして後、もう一頭のやぎをアザゼルとして野に放つ。
この時大祭司は、やぎの頭の上に両手を置き、イスラエルのすべての罪を告白して、その咎を負わせ、やぎを不毛の地へ追いやるのである。
この象徴的な儀式は、イスラエルから罪が除去され、民とその土地が咎から完全にきよめられたことを、印象付けるものであった。

この贖罪の日の儀式が、罪と罪過のいけにえに加えて制定されたのは、罪が普遍的で、偏在的なものであることを示している。
神は、故意と不注意とを問わず、わずかな罪をも嫌悪されるお方である。
従ってすべての人が、大祭司も含めて、贖罪を必要としたのである

これらの儀式が定期的に繰り返されたのは、動物の犠牲では民の罪の贖いを満たすには全く不釣り合いであり、儀式は当座のものであって、予型的性質を持っていることを示している。

イエス・キリストは、罪を取り除く神の子羊として(ヨハネの福音書1章29節)世に来られ、今から約二千年前に、十字架上でご自身をささげ、完全な贖いを成し遂げられた。
私たちはすべての罪を言い表し、神に赦しを頂くことができる(〡ヨハネの手紙1章9節)。
キリストの血は罪を完全に取り除き、信じる私たちをきよきものとして、神の御前に立たせてくれるのである。

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