御言葉メール913

[`evernote` not found]
LINEで送る

御言葉メール913

2017年12月30日(記:辻嵐桂子)

しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、
しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。(ヘブル人への手紙9章11-12節)

新約聖書のヘブル人への手紙は、著者が明記されていないことなどから(パウロとする説が一般的だが)、論争の多い書簡であるが、旧約(とりわけレビ記)の祭儀律法を土台として、主イエス・キリストの十字架の意味を誤ることなく指し示す点において、傑出している。
上記のみことばは、先に見てきたレビ記16章の、贖罪の日の儀式における大祭司の職務を引き合いに、キリストの贖いの御業の卓越性を述べているところである。

レビ記は、古い契約の諸規定、儀式やささげものを扱っているため、新約の時代を生きる私たちには無関係であると目されがちである。
だが、レビ記の諸規定には、神のご性質とご意志、とりわけ神の至高のきよさが現れている。
神の民もまた同様にきよさが求められ、神に近付くためには、さまざまな罪と汚れが取り除かれなければならなかった。

これは、今日のクリスチャンも同じである。だが私たちは、旧約の民のようにいけにえの動物を携えて教会に行くようなことはない。イエス・キリストが、それらの祭儀律法によって要求されたものを全て完成し、成就してくださったからである。

ある意味で神礼拝はお手軽になった。だが、そこに払われた代価は、神のひとりごであった。そのことの偉大さを、私たちは忘れてはならない。その意味でもレビ記の考察は、私たちに深い洞察を与えてくれる。
神を礼拝する、それ自体が大きな恵みであることを覚えたい。

記事はお役にたてましたか?

記事にご興味をもっていただけましたら、
以下のソーシャルボタンで共有していただくと嬉しいです^^

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
[`evernote` not found]
LINEで送る

御言葉メール913関連ページ

御言葉メール916
御言葉メール916 2018年1月20日(記:斉藤文子) その方は私に仰せられた。『人の子よ。立ち上がれ。わた […]
御言葉メール915
御言葉メール915 2018年1月13日(記:辻嵐桂子) なぜなら、肉のいのちは血の中にあるからである。わたし […]
御言葉メール914
御言葉メール914 2018年1月6日(記:斉藤文子) 「彼らの頭の上、大空のはるか上のほうには、サファイヤの […]
御言葉メール912
御言葉メール912 2017年12月23日(記:斉藤文子) 「第30年の第4の月の5日、私がケバル川のほとりで […]
御言葉メール911
御言葉メール911 2017年12月16日(記:辻嵐桂子) アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル […]
御言葉メール910
御言葉メール910 2017年12月4日(辻嵐桂子) 主はモーセに仰せられた。あなたの兄アロンに告げよ。かって […]
御言葉メール909
御言葉メール909 2017年11月21日(記:辻嵐桂子) [[これは、どんなときにそれが汚れているのか、また […]
御言葉メール908
御言葉メール908 2017年11月4日(記:辻嵐桂子) もし彼女が羊を買う余裕がなければ、二羽の山鳩か、二羽 […]
御言葉メール907
御言葉メール907 2017年10月28日(記:斉藤文子) 「ああ、私たちにわざわいあれ。私たちが罪を犯したか […]
御言葉メール906
御言葉メール906 2017年10月21日(記:辻嵐桂子) あなたがたは、それらの肉を食べてはならない。またそ […]