金沢聖書バプテスト教会

金沢聖書バプテスト教会は、神の愛とキリストの贖いと聖霊の導きによって真の神様を礼拝する者の集まりです。あなたを心より歓迎します

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御言葉メール931

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御言葉メール931

2018年5月12日(記:斉藤文子)

「わたしが彼らの上に手を伸ばし、すべて彼らの住む所、荒野からリブラまでの地を完全に荒廃した地とするとき、彼らは、わたしが主であることを知る。」エゼキエル6の14

クリスチャンはイエスキリストを信じてから神を知る歩みが始まっていきます。それは神を礼拝し、聖書を学び、その知識を自分の体験として神を知っていく歩みであるといえるでしょう。感謝や、自分の罪を嘆いたり思いがけない苦しみに会ったりしながら主こそ唯一の神、と知っていくのです。

臆面もなく偶像礼拝をし続けるユダヤ人に対して神は裁くと言われる。そのユダヤ人はどういう民族であったか、というと、神から選ばれ十戒、律法を与えられ神の民として生きることを、カナンの地に入る最初から教えられた民でした。しかしユダヤ人は先住民族の偶像を簡単に受け入れてしまった。神は多くの預言者を通して、偶像から離れる様に勧められるのですが、民は全く聞こうとしない。

その民に神は裁くと言われ、その裁きを通して、ご自分が神であることを民は知る、といわれるのです。その裁きはバビロン捕囚として実現するのですが、その裁きの中を生きたユダヤ人は二度と偶像礼拝をしない民になるのです。

旧約聖書はイスラエル民族の多くの失敗を通して、神のみが主である事を私達に教えます。私達も自分の罪を初めとして、何故この様な事がと愕然とすることもあるでしょう。でもキリストの赦しの恵みの中で、全ての事を通して神のみが主であること知り、ますます神を崇める者へと変えられていきたい。私自身その様な歩みでありたいと願っています。

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