金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール941

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御言葉メール941

2018年8月11日
「実に、神から離れて、だれが食べ、だれが楽しむことができるだろうか。」(伝道者の書2の25)

私達の生活の中に起こる事は全て偶然だと考えるなら、これほど不公平で期待することの虚しさを覚えるものはない、と、私などは思います。しかし聖書は全くその様には言っていません。天地万物、私達人間を造られた方の御手の中に全てがある。髪の毛一本落ちるのも、神の知られないことはない、と。私達の全ては、人間を造られた方である神様のご存じのなかでの営みであります。

そこには偶然はありません。私達がどのような状態であっても、うれしくなくても、意味がわからなくても信じれなくても、そこには確実に愛なる神のみこころがあるのです。それは、私達の人生のどんな小さな事にも、意味を見い出させるのではないでしょうか。それはものごとを偶然とみる見方からは生まれないものです。神を私達の心の中心に置く時、冒頭のみ言葉のように、食べたり楽しむことが、虚しさで終わらない。

どのような粗食であってもすばらしい食事であっても、小さな楽しみであっても大きな喜びであっても、他者からみた大小に関係なく、神への感謝があるからです。偶然に自分がここに存在している、と考えるなら将来も偶然にゆだねるしかない不安定さです。しかし愛なる神が自分をここに存在させられた、と聖書にある通り信じるなら、罪を赦す愛なる神の導きは私達にとって、見えない将来においても最善だと信じられるのです。

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