御言葉メール 25

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御言葉メール 25
2004年10月27日
天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。」(3章1節〜8節 抜粋)
このみ言葉は、私達の生活には必ず‘時’があることを教えます。それは何か特別な時というよりも、私達の時間の中で起こる全ての事です。ある集会で、全ての時は神の時である、と教えられ何か肩の力が抜けたような気がしたものです。
私達にとって、それが幸せな時であっても不幸な時であっても、後悔の日々であっても、自然災害、人災で苦しむ日々であっても、神が支配し知られない事は何ひとつ無いことー即ち神のご計画の中に全てがあることは、私にとってホッと安心できる事でした。「神が居られるなら何故こんな事が」と、思う事もあるかもしれません。
しかし私たち人間は神ではなく、始めから終わりまで見極めることのできない、時間の限界のなかで生きている者です。むしろ理由はわからないけれども、永遠に生きておられる愛なる神の御支配の中で起こっている事であるなら、必ずそのことの意味と、折にかなった助けを与えて、全てのことを益にしてくださるーそういう神の時のなかに生きていける事ほど、平安な道はないのではないでしょうか。
私達の人生の全ての時に、事柄の中に、慈しみに富んでおられる善意に満ちた神が共に居てくださるのです。

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