金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール 22

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御言葉メール 22
2004年10月16日分
「だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に十分あります。」(マタイ6の34)
体の疲れを引きずる、また昨日の心配事が尾を引いて気持ちが憂鬱になるー私達は今日という日を迎えても、昨日の疲れや心配から解放されず、昨日の延長のような日をおくることがしばしばあります。そうすると新しい一日の始まりのはずが、昨日から持ち越した心配の続きの一日になってしまいます。
私自身も多く経験する事ですが、自分の思いに区切りをつける事ができません。しかし私たち人間の不安と孤独をよくご存知の神様は、ちゃんと区切りをつけて下さるのです。一日の疲れ、重荷はその日一日だけのものだよ、と。「あすのことはあすが心配します」というのは、明日に関することは、私達の力なしで、神様が十分に備えてくださる、という事です。
疲れ、つらさ、困難、悲しみ、怒り、病等のなかに埋もれるような一日であっても、天の父なる神は、それらが私達の力ではどうにもならない事をご存知です。ですから私達は、労苦の全てを通して神様に叫び求めて一日が終わるなら、明日のことは神様におまかせしましょう。
神様に信頼し助けを求めることを、神様は一番お喜びになります。一日の終わりに、今日、出会った人たちや出来事を思い返しながら、感謝、願い、罪の悔い改め、とりなしの祈りを通して一日が終わるなら今日の労苦はそれで終わりなのです。

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