御言葉メール 18

[`evernote` not found]
LINEで送る

御言葉メール 18
2004年10月2日
「今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。」(第一コリント13の12)
私達は、イエスキリストを自分の救い主と信じた時から、神を知りみこころを求める生活をスタートさせます。礼拝、交わり、デボーションを通して神様がどういう方であるかを知っていくのです。ここで大切な事は、神を知る事ができるのは自分の能力ではないという事です。
先ず神が、私達を完全に知っていて下さるので、私達は神様を知ることができるのです。これがどんなにすばらしい事なのかを、J・Iパッカーという神学者は、その著書 「神について」で、次のように述べています。
「最も重要な問題は、私が神を知るという事実ではなく、…神が私を知っていてくださる、という事実です。…私が神を知っているすべてのことは、神が絶えず主導権を持って私を知っていてくださるということに依存しているのです。
私は神を知っていますが、それは、まず神が私を知ってくださり、しかも続けて知っていて下さるからです。神は、私を友達として知ってくださり、私を愛してくださる方です。そして神の目が私から離れるときはなく、神の関心が私から離れるときもなく、したがって、一瞬たりとも神の配慮が払われなくなる時はないのです」

記事はお役にたてましたか?

記事にご興味をもっていただけましたら、
以下のソーシャルボタンで共有していただくと嬉しいです^^

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
[`evernote` not found]
LINEで送る

御言葉メール 18関連ページ

御言葉メール 50
御言葉メール 50 2005年1月22日 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。」(マタ […]
御言葉メール 49
御言葉メール 49 2005年1月19日 「私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる […]
御言葉メール 48
御言葉メール 48 2005年1月15日 「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、 […]
御言葉メール 47
御言葉メール 47 2005年1月12日 「自分の心にたよる者は愚かなもの、知恵をもって歩む者は救われる。」( […]
御言葉メール 46
御言葉メール 46 2005年1月8日 「まことに、主はヤコブを選び、ご自分のものとされ、イスラエルを選んで、 […]
御言葉メール 45
御言葉メール 45 2005年1月5日 「この水を飲むものはだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を […]
御言葉メール 44
御言葉メール 44 2005年1月1日 「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。」(マタイ6章9 […]
御言葉メール 43
御言葉メール 43 2004年12月29日 「ハレルヤ。主に新しい歌を歌え。聖徒の集まりで主への讃美を。イスラ […]
御言葉メール 42
御言葉メール 42 2004年12月25日 「今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。」 […]
御言葉メール 41
御言葉メール 41 2004年12月22日 「キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることが […]