金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール 53

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御言葉メール 53
2005年2月2日
「悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。」(マタイ伝5章4節)
私達は、自分の思う様にならない様々な事柄を経験していきます。その時、いろいろな反応を示すでしょう。
怒る、悲しむ、あきらめる等。神を信じるクリスチャンは、いずれにしても、通る過程は違っても最終的に神に頼り祈るように導かれます。けれども神様を求めるという点において、私の貧しい経験の中では、怒り誇り高ぶる時よりも悲しみ嘆く時の方が、追いやられてではあるけれども、必死になって主にすがってきました。
それは具体的には、聖書を読み、神様の前に自分の思いのままを、言葉と言葉にならない呻きによって、さらけだす事でした。その様に必死に主にすがりつく時、これは確信をもって言える事ですが、私は決して失望することはありませんでした。
しかし、自分が怒り高ぶっている時、神を求めようという気持ちは起きません。その時は自分のうちの何かを誇り、よりどころとしているのです。本質的に人間は悲しむ事を望みません。しかしイエス様は、自分の罪、他者の罪、社会悪に悲しむ人は幸いだと言われます。
自分の欲望を満たす現代に生きるキリスト者のあかしとして、罪に悲しむ者でありたいと願わされます。それは幸いなことであり、必ず神様の慰めを受けるのです。

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