御言葉メール143

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御言葉メール143
2005年12月14日
「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。」(詩篇62の5,6)
「死刑宣告」ともいえる神のみつかいの言葉を受け入れたマリヤを通して、もたらされた神の受肉の実現。このクリスマスの恵みとは一体、何でしょうか。詩篇の作者は、望みは神から来る、と言っています。
私たちは望みも慰めも自分の周りから無くなる事を経験します。楽しみも気を紛らわすものも自分の心を満たさない事に気ずくからです。酔いがさめた時、一人ぼっちになった時、病気や死に見舞われる時、自分の罪の深さにおののく時、その時、私たちはどこに助けと慰めを見出すでしょうか。実はキリストの誕生は、そのような状態の人間にとって、唯一の望みであり慰めなのです。
この世において望みと慰めを見出せなくなった時に、本当の望みに出会う事ができるとは何という恵みでしょうか。絶望しかない時に絶望しなくてよいのです。なぜならキリストは、人間の罪の悲惨と死の恐怖をご自分が代わりに負って、私たちから全く取り除いてくださったからです。私たちがする事は、自分で望みを探す事ではなく、神を待ち望む事だけです。マリアもそのようにしてクリスマスを迎えました。

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