金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール164

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御言葉メール164
2006年2月25日
「信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。」(ヘブル11の17)
トリノオリンピック放送で優勝して腕を突き上げて喜びを表す人、予選落ちして両手で顔を覆う人など様々な姿を見ました。しかし何故か私は、この晴れ舞台に立てなかった多くの人がある事を思い浮かべます。
同様に歴史に名を残し、功績が語り伝えられる人がいる一方で、何の名声も功績も、誰の記憶にも残らない多くの人の姿を思い浮かべます。スポットを浴びる事のない彼らの存在が、晴れ舞台の人を支えているのではないでしょうか。その様な人にイサクを重ねてしまいます。聖書には、イサクの功績は、ほとんど記されていません。父アブラハムの信仰が語られる時に、証しのしるしとして登場するのみです。
創世記を見ても彼自身の功績らしきものはほとんど見当たりません。しかし、神が告白される時には、「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と呼ばれます。取り立てた功績がなかったイサクは、それでも無くてはならない存在なのです。私には、人から賞賛される功績も名声はありません。しかし私は、神の救いと宣教の御計画に置いてのイサクと同じように、後の世代に福音を伝える繋ぎとしての自分の存在を覚えて喜ぶのです。

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