御言葉メール168

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御言葉メール168
2006年3月11日
「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。」(伝道者の書3の1)
先日ある人から「納棺夫日記」という一冊の本を紹介された。著者は詩人ですが、生活の為にセレモニー会館に勤めている北陸の人である。彼の仕事は、死者をきれいに拭いて納棺することである。職業に卑賤は無いというが、彼は北陸(日本全体)の風潮によってこの仕事を理解されず、「穢れ」た卑しい者がする仕事と嫌われ、親戚からもそして妻からも避けられた。
しかしある葬儀を機会に彼は、「社会通念を変えたければ、自分の心を変えればいいのだ」「心が変われば、行動が変わる」と悟り、納棺の仕事を自信を持って、堂々とする事にした。そうすると周りの見方が変わったのである。とうとう納棺の予約依頼まで受けたのである。そして彼は言うのです。死を見つめて受け入れない生は、真実を見る事ができないと。誰にでも必ず訪れる事実がある。それは死である。
しかし現代医学は、生にのみに価値を置く。生に固執している時代人には、本当の命の尊さを知る事も人生の豊かさを味わう事もできないであろう。著者は、死の側からを生を見つめる、そこに言葉で言い表す事のできない光を見ると言う。しかし聖書は、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」と語る。死の側から見る生は、確かに本当の生を考えさせる。しかし、その生の目的が見い出せないならば、しばらくしてまた生への固執に捕らわれて、返って不安と焦りと我欲にかられるしかなくなるのではないだろうか。

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