金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール183

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御言葉メール183
2006年5月3日
「人は律法の行いによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。」(ガラテヤ2の16)
このみことばが示すところを受け入れて、人はキリスト者になります。それからこのみことばに従って生きようとすると、何と、十字架で死んだはずの古い性質に悩まされる事でしょうか。
「いくら行いでは救われないといっても、せめてこの程度は必要ではないか」、せめてこれぐらいは、という思いは意識しないでいると、自分に対しても他人に対しても当然のように出てきて私たちの心を埋め尽くします。そして神に敵対するサタンが最も喜ぶところの、私達の救いの確信がもてなくなってしまうのです。救われるためには、悪い習慣をやめることも性格を変える事も、善行をたくさんすることも一切、必要ではありません。
「ただキリスト・イエスを信じる信仰によって」のみ神は私達を受け入れて救ってくださいました。私達は意識してこのみことばを生活の全ての所で思い起こすべきです。その時、自分も他者もどの様な罪とその繰り返しの中にあっても、神の救いを疑う余地はどこにもないことがわかるでしょう。それではキリスト者の行いはどうしたらよいでしょうか、次回に考えてみたいと思います

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