金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール206

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御言葉メール206
2006年7月22日
「見よ。あなたがたはみな、火をともし、燃えさしを身に帯びている。あなたがたは自分たちの火のあかりを持ち、火をつけた燃えさしを持って歩くがよい。このことはわたしの手によってあなたがたに起こり、あなたがたは、苦しみのうちに伏し倒れる。」(イザヤ50の11)
この箇所は、苦難のメシヤが人々から多くの辱めや屈辱を受けても、父なる神が自分を認めてくれるので、どの様なことが自分に降りかかろうと自分は恥を受けなかった。
誰も私を打ち負かすことはできなかったというのです。そしてイザヤの勧めとして冒頭の言葉があるのです。私達の生活には、予想不可能(想定外)な困難な出来事(闇)が起こります。いつも予測想定内で事が収まっている間は、精神的に苛立つことも無く、波風が立ちません。
しかし予測不能な出来事(闇=嫌なこと)が起こった時なおも私たちは、自分の燃えさし(かつてうまくやった時の人工的知恵や手段)に頼って、苦しみのうちに伏し倒れてしまうのです。十分準備することは大切です。でも予想外のことは起こるものです。その時、過去の自分の灯火のもえさしを捨てて、主のみ言葉を灯火として歩みましょう。

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