2.家族の癒しをどうとらえるか

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2.家族の癒しをどうとらえるか



 家族の癒しというものを考えるにあたって、癒しの目的である健康とはどのような状態を指すのかを考えてみたい。



 世界保健機構(WHO)によれば、健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良い状態であり、常に病気や虚弱がないことではないと定義さえしている。このことは健康が維持されるためには、身体的、精神的、社会的な援助が必要であることを意味している。



 身体的援助とは、具体的に言うと、痛みや、食欲不振、嘔吐、謳気、便秘、下痢、呼吸困難、排尿困難、尿失禁、痒みなど様々な身体的苦痛に対して、適切な処置がとられることを指す。 精神的とは、不安、恐怖、うつ状態、幻覚、妄想、不眠、意識障害など、精神的苦痛に対して対応することである。 社会的援助とは、患者の経済的問題や、家庭、学校、職場などに生じた様々な葛藤に対して、いろいろな問題解決の方法を呈示する事である。

 つまりWHOの定義によれば、健康とは患者に対して、このような身体的、精神的、社会的ニード(必要性)に答えてゆくだけでなくスピリチュアル・ニードにも配慮してゆくべきであると言い始めている。



 スピリットは、[自分を超越したもの」と自分の存在の根底をなすものとの二つの要素を含んで用いられるといわれる。



 前者は、聖なるものに調和する自覚が生まれてくること、つまり、神が人間の罪を赦し、愛していたもうと言う揺るぎない和解の確信を与えられることであり、後者は、自分の人生が意味と目的のあるものであるという感じが与えられることである。以上のことから明らかなように、人間が健康であるためには、身体的、精神的、社会的援助(ケア)が必要であるだけでなく、スピリチュアルケアが大切であって、これらの諸々の援助が、全体的、包括的になされることによってはじめて真の意味での健康が守られるのである。



 ある原因があって、その結果様々な不健康な状態が生じたのであるから、その原因を除去しなければならないとする因果論的発想に基づいて行われる。然るに、このような考え方を家族療法に応用しようとすると、家族構成員の誰かを悪者とみなし、その人物の責任を追及しなければならなくなる。大抵は、母親が最初にやり玉に挙げられる。母親はそうでなくても、自分の育て方が悪かったのではないかと罪責的になっているのに、こうした因果論的発想に基づく援助者の対応によって、一層傷つくことになる。



 私は、いろいろな苦しみの中で、時には、原因を追求する必要が必要な場合があることを認めます。しかしその原因に対して、必ず神の赦し(悔い改める時たとえどのような罪=原因であろうと)があることを宣言しなければなりません。まず自分のすべての罪が赦されていることを明確に自覚できることは、自己を確立し認識する上で大きな力となります。この救いと赦しなくして、後者の自分の存在の根底をなすものを確立することはできないのです。また、関る全ての人が、神の赦しの中におかれていることを互いに確認し合い、互いを受け入れ合う事を自覚する事が、何よりも大切な事と考えます。

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