御言葉メール739
2014年7月27日(記:辻嵐桂子)
「アナニヤ。どうしてあなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、地所の代金の一部を自分のために残しておいたのか。ー中略ーあなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」
アナニヤはこのことばを聞くと、倒れて息が絶えた。(使徒の働き5章3ー5節
初代教会では裕福な者が捧げた献金が貧しい人々の窮乏を補った。ある者は土地を売ってその代金を持ってきた。実に尊い行為である。しかし、アナニヤは妻と共謀し、代金の一部を持ってきて全部だと偽った。
このエピソードはショッキングである。これが死に価する罪なのであろうか?だが教会に神への恐れを生じさせるため、この小さな罪は裁かれた。
ここで問題なのは一部をとっておいたことではない。ぺテロも「それはもともとあなたのものではないか」と言っている。問題なのは"偽り"であった。アナニヤは恐らく、偽ることで人々からより多くの称賛と尊敬を得られると考えたのであろう。
私たちも良い行いをすれば人から称賛されたいし、自分の評価が下がるような事実があればそれは隠しておきたいと思う。しかし偽りで自らを虚飾するとしたなら、それは神を欺く行為である。神がそこにおられすべてをご覧になっていることを忘れ、神を無視して生きていることに他ならない。
「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。」(伝道者の書12章13,14節)