金沢聖書バプテスト教会

金沢聖書バプテスト教会は、神の愛とキリストの贖いと聖霊の導きによって真の神様を礼拝する者の集まりです。あなたを心より歓迎します

901-950

御言葉メール918

投稿日:

御言葉メール918

2018年2月3日(記:斉藤文子)

「『人の子よ。わたしがあなたに与えるこの巻き物で腹ごしらえをし、あなたの腹を満たせ。』そこで、私はそれを食べた。すると、それは私の口の中で蜜のように甘かった。」(エゼキエル3の3)

冒頭の「巻き物」は、みことばのことです。エゼキエルは、天から指し伸ばされた手に、ひとつの巻物が握られている、という幻を見せられます。それを食べると蜜のように甘かった。巻物を食べるとは、みことばを聞くことです。日々のキリスト者の歩みにおいて聖書を読み、神の語りかけを聞き応答の祈りをする。キリスト者がこの世で生きるという事は、みことばを抜きにしては成り立ちません。意識してもしなくてもキリスト者はそこでしか養われない。エゼキエルがみことばが蜜の様に甘い、という時、私は神のみことばによって養われる、幸いな人の姿を思い浮かべます。私もそうなりたい、と願いながらなれない姿です。

しかしその巻物は、神の嘆きと悲しみで埋め尽くされていた。神の義と愛は、それを知りながら離れるイスラエルに対して痛恨の極みでした。エゼキエルは、そのみことばを甘いという。反逆する民に対して、罪を罰せないではおれない神は、しかし愛さないでもおれない。そういう神を知る時、みことばによって養いを受け、自分の罪を教えられ、それを悲しみ、それゆえに神を飢え渇き求める者にとって、聖書のことばは蜜の様に甘く、どの様な状態にあっても、神の恵みの十分さを教えられ、確信できるのではないでしょうか。

カテゴリー

-901-950

Copyright© 金沢聖書バプテスト教会 , 2018 All Rights Reserved Powered by STINGER.