金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール1135

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御言葉メール1135

2022年7月9日

「私が主に逆らって、主に油注がれた方、私の主君に対して、そのようなことをして手を下すなど、絶対にあり得ないことだ。彼は主に油注がれた方なのだから。」第1サムエル24の6

何が主の御心であるか、キリスト者は祈り考えます。そういう時、特別なチャンスが訪れると、これこそ主が与えられた時だ、と私など考えやすいです。サウル王から命を狙われ逃亡生活をしているダビデに、サウルを殺すまたとない機会が訪れます。部下は神のみこころだと断定します。ダビデもサウルに近づき、上着の裾を切り取りながら、しかし殺す事をしませんでした。

ダビデの葛藤は、確かにサウルは敵ではありますが、神に油注がれた方だということです。この問題において、ダビデはサウルと向き合っているのではなく、神ご自身と向き合っている。神が油注がれた方を殺すことは、主に手をかけることになる。

この葛藤の中で、これは神にゆだねる事だと決断したダビデは、この時以来、サウルに手を下す事をやめるのです。

自分と主との問題としてとらえる時、自分に不利なことであっても、神の御心として決断できる力と平安が与えられるのを教えられるのではないでしょうか。

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