金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール953

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御言葉メール953

2018年11月3日(記:斉藤文子)

「イスラエルの子らが主に叫び求めたとき、主はかれらのために、1人の救助者を起こされた。」士師記3の15

旧約聖書は神がどのような方であるかを人間の愚かさと共に私に教えてくれます。

イスラエルはエジプトの奴隷の苦しい生活の中で、神に叫び求めた時、神はモーセをつかわされて出エジプトをし、モーセの後継者ヨシュアの導きのもと約束の地カナンに攻め入り定住します。
しかし指導者ヨシュアが死ぬと、イスラエルは唯一の神の国民であるにもかかわらず、モーセ、ヨシュアが言っていた通り唯一の神から離れ、カナンの偶像崇拝にすぐに取り込まれていきます。
神の民が神以外のものを拝むことは、いってみればキリスト教会でキリスト以外のものを拝むことです。キリスト教会でキリスト以外のものを拝むことがないのと同様に、神権国家であるイスラエルも唯一の神を戴く国家でありました。
それが簡単に偶像に走ってしまう。そこに神の厳しい裁きがあるのです。しかしイスラエルがその苦しさから神を呼び求める時、神はいつも助けを与えられる。イスラエルは愚かにも千数百年にわたってそれを繰り返してきた。

神の律法を守れないイスラエル(これは人類全て)の歩みの中でどれほど神の赦しと痛みをみることでしょうか。そのクライマックスが御子キリストを人間の身代わりに罰することでした。

私達の愛は自分にとって都合のよいものを愛しますが、神の愛は限界のない忍耐によって反逆する者を愛します。私はこの神の愛を思う時に、自分が何一つ犠牲を負わず自分のためにしか生きて来なかったことを痛烈に思い知らされます。

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