金沢聖書バプテスト教会

金沢聖書バプテスト教会は、神の愛とキリストの贖いと聖霊の導きによって真の神様を礼拝する者の集まりです。あなたを心より歓迎します

1001-1050

御言葉メール1034

投稿日:

御言葉メール1034

2020年7月12日(記:辻嵐桂子)

私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立つでしょうか。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。(ヤコブの手紙2章14節)

このような箇所を読むと私たちは、救いには行いも必要なのではないかと勘違いし、パウロが主張する「信仰義認=信仰によって人は義と認められ救われる)」(ローマ3章21節~4章26節等参照)に相反するのではないかと戸惑ってしまう。

だが、飢える者に満腹になれと言って食べ物を与えず、凍える者に暖かくなれと言って着る物を与えないなら、その言葉に何の救いもないように、行いのない信仰は死んだものであると主張するヤコブの言葉は(15-17節)、具体的で心に刺さる。

ヤコブは決して救いを得るのに、信仰に行いが付け加えられるべきだとは考えていない。
救いに至る真の信仰には、行いが伴うものだと主張しているのである。

おそらくヤコブの念頭には、口先だけの偽の信仰者の存在もあったのだろう(19節参照)。彼らは神を信じていると言いながら神を恐れず、イエスの言葉を実行しようともしないのだ。ヤコブはそんな彼らの信仰に力はなく、最後の審判の時に何の役にも立たないと言っているのではないか。(13節を最終的さばきと解釈して)

イエス・キリストを信じる信仰によって救われ、すでに神との関係を確立している私たちは、生きた信仰を証していきたいものである。

カテゴリー

-1001-1050

Copyright© 金沢聖書バプテスト教会 , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.