御言葉メール834
2016年6月4日(記:辻嵐桂子)
「それから彼らは、アジアでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。
こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。
それでムシヤを通って、トロアスにく下った。」(使徒の働き16章6ー8節)
第二回伝道旅行に出かけたパウロたち一行は、主によって行く道を制限され、計画変更を余儀なくされた。実際に聖霊が語りかけたのか、状況がそれを許さなかったのか、明確ではない。
私たちも、神のみこころだと確信し前進しようとしても、どうしても道が閉ざされてしまうことがあるかもしれない。忍耐して待つことも重要だろう。
だが、思いもかけず別の道が開かれるということもある。
パウロたちはトロアスで幻を見、まだ足を踏み入れたことのないマケドニヤ地方に向かって出航した。結果この地方でも主を信じる者が起こされ、そこからさらに福音が広まっていくのであった。
神のご計画は、私たちの思いや計画をはるかに越えている。
神のみこころと言いつつ自分の計画に固執してはいないか?あるいは、神よりもむしろ、周囲の目や批判を恐れてはいないか?
私たちは時には進路変更を余儀なくされる。だがそれが神のみこころなのかもしれない。柔軟に、神のお取り扱いに応答していきたいものである。