御言葉メール1035
2020年7月18日(斉藤文子)
「そのような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それによって彼の霊が主の日に救われるためです。」第1コリント5の5
聖書に冒頭のことばがある事に戸惑われる方も多いと思います。神は愛ではないのか、愛である神が何故サタンに引き渡すのか。この様に考える時、私達は神の愛について、理解していないという事を知らなければなりません。神は愛ですが、人間の考える愛は神の愛ではありません。
コリント教会は、キリスト者でない人の間にもないほどの不道徳があった教会でした。人の犯す全ての罪は、神の前に悔い改めて赦されます。しかしその悔い改めがなされない時、教会は多くの訓戒と祈りを通して、除名という処分をとる場合があります(サタンに引き渡す)。
それによって、彼の霊が主の日に救われるためだという。これは、人が教会から除名されることによって、自分の罪を明確に認識することを目的としています。その肉が滅ぼされるということは、病気や苦しみ、また死をもたらす肉体の滅びのためではなく、その人の肉つまり罪性が滅ぼされるためという意味です。
注目すべきは、聖書は霊の救いこそ大切なものである、といっている事です。けれども、この世の私達は霊の事よりも、病気、貧しさ、苦しみ等から抜け出し、物質的社会的に満たされるという肉を望んでいる。
しかし私達はキリストを信じ、神の御心を知り、それを行わせて欲しいという生き方こそ霊的な生き方であると知っています。
知っていてもできない時、霊の戦いが私達の内に起こります。その戦いはキリスト者のしるしでもあります。自分の努力ではなく神に頼る時、神が与えてくださる平安と勝利を知る事が出来ます様に。