金沢聖書バプテスト教会

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たねまき1〜6

たねまき3 エホバの証人へのアプローチ エホバの証人と接するときの話題

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たねまき Vol.3


ワンポイントレッスン

「エホバの証人へのアプローチ 3 」

<エホバの証人との話題とコツ>






 エホバの証人の訪問を受けたクリスチャンは、「キリストは神である」ということを良く伝えます。クリスチャンにとって、これは正しいことです。そして「キリストが神である」ということは、三位一体の神への信仰の出発点でもあります。そこでクリスチャンはエホバの証人に対して、キリストが神であることを伝えるために、ヨハネによる福音書1章1節をよく開きます。しかし、エホバの証人はこれを聞いても「ギリシャ語聖書には、神の文学の前に定冠詞がありません。神が大文字になっています。」と言います。つまりエホバの証人は定冠詞がないから次の文字は、小文字になると教えられています。しかし、これは違います。定冠詞がなくてもいいのです。普通のギリシャ語の文法や注解書には、エホバの証人が言っていることは何も書いていません。エホバの証人はギリシャ語を知りません。(日本支部には、二人のギリシャ語を学んでいる人がいます。)クリスチャンは定冠詞のことを聞くと驚いて、答えることができません。つまり普通の文法書や注解書に書いてないようなおかしなことを言うので、答えられないのです。クリスチャンは調べるのに苦労します。



 定冠詞がなくても、大文字の神といえる方法があります。それには、エホバの証人から、ギリシャ語、英語逐語対訳聖書(王国行間逐語訳)をもらっておかなければなりません。組織の出版物以外は全て信じません。コピーもだめです。改ざんしているのではないかと思うからです。彼らの聖書の下には、英語が書いてあるので、冠詞がないことの確認と、神(GOD)が大文字になっていることを示すだけでいいのです。だからヨハネによる福音書1章1節も本当は神なのですよと説明します。エホバの証人と話す時は、コツが必要で、難しいことを言ったらいけません。「三位一体、地獄、霊魂不滅」は避けた方がいい話題ですが、「キリストが神である」ということはいいのです。キリスト教信仰からいえば、三位一体もキリストが神であるということも同じなのです。しかし彼らは、三位一体を考える時、一は三ではなく、三は一ではなく、神は三人いるか一人いるかということだけの議論でしているので、理屈で説明しても納得はできません。



(内灘聖書教会「エホバの証人セミナー」講師 中沢啓介師より)


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