御言葉メール580
2011年5月7日
「天の下では、何事でも定まった時期があり、すべての営みには時がある。」(伝道者の書3の1)
ある方との交わりの中で「気になっている事ができてホッとした」と言われ、全ての事の中に時があるね、と話しながら主を崇めた事でした。人は全ての事をパーフェクトにこなせません。しかしそれが信仰者の生き方の様に感じてしまう場合があります。
何かをする時、肉体的精神的疲労が自分にどれぐらいかかるかを知る事は大切ですが、それさえも怠けているのではないか、とかこんな事もしないなんて周りからどう思われるだろうか、という思いになってしまうと、なかなか自分で判断できなくなります。また決めた後、自分の中に罪悪感を残します。それは自分一人で決めるからではないでしょうか。
主と共に決めるなら、後々のことは主に委ねようと、意識してそこに帰る事ができる。「今の私はこれ以上無理です、助けて下さい」必要ならば後で備えられます。全ての人間の営みには神様が関わっておられる。その時々の中で私達は感謝し、悔い改め、赦しの恵みを覚える生活が信仰です。パーフェクトに生きる事ではないと確認しましょう。