御言葉メール798
2015年9月26日(記:辻嵐桂子)
「だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は、持っているものまでも取り上げられるのです。」(マタイの福音書25章29節)
これは「タラントのたとえ」と呼ばれるたとえ話を締め括る言葉である。
主人に委ねられた物を活用し利益を得た二人のしもべは、精算に来た主人に喜ばれ、さらに多くのものを任されるようになる。
しかし、預かったタラントを地に隠し、精算の時それを差し出した最後のしもべは、「悪い怠け者のしもべ」と叱責され、持っている物を取り上げられ外に投げ出さる。
このたとえ話が示唆しているのは、再臨までの期間の私たちの生き方である。
私たちが持っているものはすべて(才能も地位も財産も時間さえも)、主から委ねられたものである。これを正しく用い、主のご栄光を現すことを私たちは期待されている。
私たちは、主に喜ばれることを求め、生活しているだろうか?
再臨の時、このように言われる主のしもべは幸いである。
「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。」(マタイの福音書25章21節)