御言葉メール376
2008年4月2日
「柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。」(マタイ5の5)
あなたは、自己憐憫〈レンビン〉と柔和を区別できておりますか。自己憐憫とは、今自分が惨めで悲しい状態に置かれているのは周りが分かってくれないから、と境遇を悔やみ呪うことです。また柔和は、人付き合いを良くする為に、凡ての事に妥協して、その場の平穏無事を願って我慢することでもありません。
では、柔和とは何でしょうか。自分で自分を防御するため様々な画策をしないということでもあります。何故なら自分は、自分でシャカリキなって守らなければならないようなような価値あるものはこの世に何一つないということを認めることです。同時に、神の守りに信頼して神にも人にも誠実であろうとすることです。この時私たちは、神の守りについて誤ってはなりません。
神は、あなたから一切の困難や苦しみ,悲しみ、災いに合わせない事ではありません。聖書のどこにも、そのような約束はありません。詩23の4には、「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。」とあります。何故なら神の御言葉と神に信頼しているからです。人はこの時柔和です。
御言葉メール376
投稿日: