金沢聖書バプテスト教会

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御言葉メール1082

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御言葉メール

2021年6月19日

「エフライムよ。わたしはどうしてあなたを引き渡すことができるだろうか。イスラエルよ。どうしてあなたを見捨てることができるだろうか。(中略)わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている。」(ホセア書11章8節)


エフライム(=イスラエル)の背信と甚だしい罪に対して神は憤り、国が滅びるという厳しいさばきを宣告された。
罪をさばくことは神の正義であり、神の聖さは、決して罪を見過ごすことは出来ない。
だがここでは神は、自らお命じになったさばきを嘆いておられる。
私は、上記の御言葉ほど神の葛藤や苦悩が表されている箇所を他に知らない。

例えばゲッセマネの園で、主イエス・キリストは十字架を前に、血の汗を流すほど苦しみ祈られた(ルカの福音書22章44節)。十字架上の苦しみは言うまでもない。
だが神は、イスラエルに対して正当なさばきを遂行し、完全に滅ぼし尽くすことをしなかったように、私たち罪人を救うため、その十字架の苦しみを選ばれたのである。
イエス・キリストの十字架は、神の義を全うし、なお罪人を正当なさばきである滅びから救うため、完全で、必要不可欠なものであった。

ホセア書に見られるのは(その結婚生活に象徴されるように)、契約を破り、どこまでも不誠実なイスラエルの民を、それでも愛し続けようとされる神の情熱である。
このような情熱をもって私たちは愛され、贖われたのだということを、忘れてはならない。

 

 

 

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