御言葉メール404
2008年7月26日
「争うこともなく、叫ぶこともせず、大路でその声を聞く者もない。彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる灯心を消すこともない。公義を勝利に導くまでは。」(マタイ12の19,20)
ここにはおおよそ、私の内には決してない性格を持たれた方が紹介されています。私達は自分が正しいと思う時、その正しさを声高に主張します。たとえ声に出さなくても心の中で自分が正しい、という思いが渦巻くこともあるでしょう。
その思いや主張が争いの種になったり、自分自身のストレスを生み出す原因にもなったりします。しかし全く違うキリストの姿がここにあります。正義そのもので力のある方が、その力を御自分の正しさを主張するために使われない。むしろ人間関係の中で相手に勝つことしか考えれない、いたんだ葦、くすぶる灯心である人間を助けるために使われる。人に勝つことではなく人に仕える事で助けようとされる。
私はどんなに自分が醜くみじめな状態であっても、このキリストの姿の中に、自分のような者も受けいれられているという平安が与えられます。それはキリストの十字架と復活において完全な救いとなって、永遠の命へ導く平安です。
御言葉メール404
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