御言葉メール188
2006年5月20日
「立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。」(マタイ26の46)
イエスは、弟子と最後の過ぎ越しの食事をなされた後、ご自分の身に降りかかる出来事の故に、ゲッセマネの園でこれ以上耐えられないという苦しみを味わいます。この時イエスは、弟子に祈っているようにと願います。しかし、弟子はイエスの思いとは裏腹に、再三の忠告にもかかわらず眠ってしまいます。
イエスは、真に深い孤独を覚えたことでしょう。誰にも分かってもらえないのです。その苦しみを分かち合う友がいないのです。「自分の願ったようにはならなくても、私の一番望むところは、主の御心が実現することです。」という意味の園での祈りは、私に本当の男らしさ、勇気や力とは何か、を教えてくれます。私もイエスの様な祈りを捧げたいと願う一方恐れる自分がいます。
イエスは、祈られた後、自分を捕らえる者たちに向かって一歩を踏み出し、ご自身を明らかにされ、全てを主なる神の御心に委ねたのです。私には、同じことができる自信は全くありません。しかし、主イエスは、私に聖霊なる神、助け手を遣わして下さったはずです。この約束は私に実現したはずです。だから、その約束に信仰を働かせて「主よ助けてください。力を下さい。」と祈るのです。それ以外、今の私たちがすべきことはないのです
御言葉メール188
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