御言葉メール329
2007年10月20日
「何故なら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。」(ガラテヤ5の17)
私は人を怒ったり憎んだりしたくなくても、そういう心が出てきてしまいます。その時は自分が正しいとか自分が否定されたという思いが前提です。人にはいろいろな見方や感情、考え方があることを思い出すゆとりさえなくしてしまいます。
パウロは肉の思いと神様の御旨は対立すると言っていますが、自分の心を見ればまさにそうです。自分のしたいと思う事ができず、したくない事が心からわきでるのです。湧き出てくる思い自体は、自分でどんなに止めようと思っても自分ではどうにもなりません。赦されていても罪の性質は、この肉体を持つ限り私達を悩ませますが、しかしそれは聖化への道でもあります。
神の御霊に従って歩もうとする時、出来る事の一つは、自分の思いを正当化しない事ではないでしょうか。神様は私達を助けて下さるしょう。「神様、自分ではどうしようもない思いをあなたはご存知です。あなたは私をいやし最善にしてくださいます。」
御言葉メール329
投稿日: